レールを敷く人
時代が変わって、マニュアル通りに努力しても、マニュアルに書いていない事が起こるようになった。言われたとおりに勉強したのに就職氷河期だし、言われたとおりに「人気の会社」に入ったのに会社は傾くし、言われたとおりに仕事をしてきたのに転職時にアピールする事がない。困った・・・ 今がチャンスだな、と思う。 時代が変化している流動的な時にこそ、それまで弱い立場にいた人にもチャンスが回ってくる。過去の思考パターンを捨てられない人たちがパニックに陥っている間こそ、これから面白いチャンスがまわってくると思う。 日本には新しい船を 日本が「沈み行く船」なのはみんな知っている(船=老朽化した枠組み=戦後に作り上げられた政治システムや経営システム)。この古い船はもう今の荒波を渡れなくなり穴だらけになった。残念ながら、穴を塞ぐにも水が入りすぎていて、この船を救うことは手遅れだろう。 日本という、僕たちの大きな船。これが沈んだ後に何が起こるのだろうか?さしあたって、乗っていた国民は、驚いて海に飛び出すしかない。大海原でつかまるところがない恐怖にパニックし、ひとしきり路頭に迷った後、落ち着いた頃に国民は何をするのだろうか? 出来る事は一つしかない。海原を見渡し、新しい船を探すのだ。これまでの政治のやり方、経営のやり方ではない、時代にあった仕組みを生み出せる人たちが作った、しっかりした船を見つけて、飛び乗るのだ。 その船の姿はまだ見えていない。欧米やアジアのいいところを日本文化と融合した新しいものなのかもしれない。でもはっきり語るには早すぎる。 ただ、どんな人がその船を作れるのかは大体わかっている。それは、レールを敷くことが出来る人だ。 頭を切り替えよう (もはやレールはないし、船はどうせ沈む) 戦後、日本人はGHQにしかれたレールを、アメリカに「追いつけ、追い越せ」の精神で、レールどおりに歩いてきた。この言葉自体がレールの存在を前提としている。当時の資源のない日本にとって、やらなければならないことは分かっていた。それは安くて付加価値の高い必需品を製造し輸出することだった。 日本はろくに資源もない山だらけの小さな島国であり、本来他の国より恵まれたところはない。しかし、日本人は、レールが敷かれている時(明確な目的がある時)の実行力がずばぬけて高い。世界大戦でもやたら強かったが、経済成長でも圧倒的な強さで第二次産業のリーダーになった。80年代にはレースの先頭にたどり着き、前人未到の領域に到達した。 レールの先端まで来たその瞬間に、日本はレールを敷く側に回った。 そこで問題が起こった。明確なゴールに従って、誰かが敷いたレールを忠実に、踏み外さないようにリスクを回避して歩くようにトレーニングされた日本人は、先頭で何をすればいいのかわからなくなったのだ。地図どおりに歩くために必要な能力と、道を作りながら地図を描くのに必要な能力は全然違うので、アタマを切り替えなければなければならない。しかし、日本は未だに、旧来の思考回路を将来に当てはめようとしている。 想像してほしい。未開の地を開拓しようとしている冒険者が、「安全を確証できる確実なデータが得られるまで進めない」といったら、前進できるはずがない。誰も行った事が無い道に関する確実なデータなど、誰も与えてくれないのだから、そもそも安全の確証などないのだ。 当たり前だが、「安全確認」でオロオロしていたら、日本にはガタがきて、日本人は完全に路頭に迷うことになった。そして、失われた20年が始まった。バブルは終わり、日本の輸出力は衰え、過去の勝ちパターンは全く将来を約束してくれない。人口が減るし、明らかに成長が期待できる産業などない。どっちに進んだらいいのかも分からないのに、官僚は成長戦略を作れるものだと思って、何十年も頭をひねっては、おかしいなあ、うまくいかないなあ、と嘆いている。当然だ。日本の仕組みは未だに経済が順調に成長し、将来が予測できる事を前提に設計されているのだから、行き詰るに決まっている。 年金システム、社会保険、雇用規制、終身雇用、年功序列といったものの全てが、将来が予測できた30年前のあの頃のためのものだ。大人たちは未だに過去の成功に従うと将来が約束されると思って疑っていないし、子供たちは未だに与えられたレールを踏み外さずに歩けば成功すると信じるように教育されている。 ちなみに、なぜこんなおかしいことが変わらないのか。おそらく日本では、上記のような前提で育てられた優秀な人材がこの老朽化した仕組みを延命するのに回っているからだ。日本では最も優秀な人は過去に成功した企業の過去に成功した部門に投入され、これからダメになるものの延命をする。それが「花形」のキャリアなのだ。官僚がしているのも同じ事だ。 僕には、「もう沈むことが確定している船の穴を塞ぐ事」が、ほとんどの日本のエリートの仕事のように見える。彼らが優秀だからこそ、本来とっくに沈むはずだった船がまだ浮かんでおり、苦しみがじわじわと続く。 ただ、こんな不自然なことを続けるのには限界があると思う。多くの人が本心ではわかっているように、ガラパゴス的なものは次々淘汰され、日常の仕事の多くが中国やインドにオフショアリング・アウトソーシングで持っていかれ、クラウドコンピューティングがIT産業を破壊し、資産は中国人に切り売りされ、日本人が売っていたプロダクトはサービス化されていくし、デジタル化と中抜きで産業構造はまだまだ変わっていく。少子高齢化は恐ろしいほどの速度で進んでいく。この荒波に、今の船が長く耐えられるはずがない事は、みんな知っているのだ。 どちらにせよ、放っておけばそのうち船が沈むのは時間の問題だろう。 レールを敷く人になろう 新しい船を作る人は、レールを自分で敷くことが出来る人となるだろう。先頭に立った日本には、リスクをとって不確実なことに挑戦し、新しい日本の未来を描くことができる人が必要なのだ。 レールを敷くためには、「正解はまだ存在しないという前提で、自分の頭で考え、とりあえずやってみて、失敗しながら学ぶことで、正解に近づき続ける」という、勇気と根気が必要だと思う。これについて、僕はしつこく言っているので、いまさら付け加えるつもりはない。(参考: 「すごい事は、やってみなければわからない」 「失敗のプロ」 「The Mind of Entrepreneur」など ) 「もっと具体的に、どうすればレールを敷く人になれるの?」という質問をしてはいけない。自分の問いに自分で答えを出すのが、レールを敷く人の最低条件なのだ。「ここまで書いて、正答がないのかよ、うぜーな」とすぐ考える人は、「レールがなかったら歩けないじゃないか!」という思考自体についてよーく考えたほうがいい。まずは人に頼れば正解が与えられるという幻想を捨てることが第一歩だ。マニュアルは自分で作るのだ。 幸い、僕の周りにはレールを敷くことができる将来のリーダーがたくさんいる。「すごいことがやりたい」という彼らの目の輝きを見ていると、日本も捨てたものではないと思える。きっと、僕たちにはすごい船を作ることができる、という気がしてくる。 いろいろな人がいる。不確実なビジネスチャンスに挑戦し、まだ存在しない新しい付加価値を創造するために突き進み続けるアントレプレナー(起業家)たち。常識が通じない海外の環境で、視野を広げている留学生たち。日本の安定した労働環境を捨てて、解雇隣り合わせの海外で働く人たち。世界一周する若者たち。みな、マニュアル通りに生きていれば安泰である才能を持ち合わせているのに、不確実性の中で暗中模索している。過去のデータに頼らず、未来を作ろうとしている。 もちろん、僕の統計サンプルが偏りまくっているのは間違いないが、それでも彼らのような人は日本中にいるのだ。こういう人たちと一緒にいると、エネルギーがわいてきて、自分にもすごいことが出来そうな気がしてくる。 今がチャンス! 時代の変化についていけず、路頭に迷っている人の多さを見ると、今がものすごいチャンスだと思う。 こういった時代が変化するタイミングにこそ、凡人にも面白いことができるのだから、すごくワクワクする。ちょっとだけ、一歩先のために準備しておけばいいだけだ。それだけで、面白い人にどんどん出会って、面白い事をどんどん生み出すことができる・・・すばらしいタイミングだなあ、とつくづく思う。 そのうち、「大多数」がこれに気づいてマニュアルを捨てだしたら、それが当たり前になる。レールを敷く人が有り余った社会になってしまう。そしたら、また全然面白くなくなってしまうので、急いで面白い事をしたいと思う。 不確実な状況でがんばっているアントレプレナー、留学生、海外で働く人、がんばっている人がいっぱいいる。今はつらい事も多いと思うけれど、このチャンスを活かせるすばらしいポジションにいることを忘れずにいこう! まとめ もはやレールはないし、船はどうせ沈む!だからこそチャンスがあると僕は信じている。だから、僕はこうする。 船が沈まないほうに賭けない (不自然な事は続かない)。 船が沈んで路頭に迷うことを心配しない。どうせ沈むなら、準備するのみ。 どうせ沈む船の穴を塞ぐために生きない。墓標に 「私は沈む事がわかっている船を直すために一生を費やしましたが、やっぱり沈みました」 と書いて死にたくない。どちらかといえば、「彼ら」エリートと戦う側になってやる。 老人の既得権益について嘆かない。意味不明なインセンティブにより捻じ曲がった社会を維持することは長期的には不可能だ。若者がすっからかんになったら搾取することもできない。既得権益など、どうせ古い船と一緒に沈む。 レールが誰かに与えられると思ってマニュアルどおりに生きない。マニュアルどおりに行き詰る。 レールを敷く人になることを目指す!そのほうが、ずっと面白い。 というわけで、僕は「レールを敷く側」の皆さんを心から応援しているし、僕もそうありたいと心から願っています。