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MBAとはどういう教育なのか

今日はアメリカのMBA(経営学修士)に関するお話をしてみたい。 MBAを取得すると年収が上がりやすいのもあって、生活費含めて二千万円ぐらいかかるくせにアメリカではMBAは人気の学位である。でも、日本からの合格者は少ないので、実態がわかりにくく、なんかお高くとまっているイメージがあるので批判の的になりやすい。「MBAは時代遅れ」とか「自己啓発セミナーみたいなもんだ」とか「MBA卒を採用したけどあいつら使えない」と批判をすると頭よさそうでオシャレでクールな感じだ。しかし、こういった話はほとんどがMBAを持っていない人の想像に過ぎず、実際はどういうものなのかわかりにくい。 結局、MBAとは何をする場なのか。今日はそんなMBAの実態について卒業生のおじさんの考えを語ります。(注:ハーバードに行ったのでハーバードの経験がベースになっていますが、学校によってフォーカスに違いはあります)   MBAとは【決断】の訓練の場であり、知識を得るのがメインの場ではない 学校のクセに、知識を得るところではない、というところがそもそも日本の多くの人にはピンと来ない部分だろう。知識を得るところに行ってない人に「何を学びましたか」とか「あなたの成功はMBAのおかげですか」と聞いても、はっきりとした答えは返ってこないはずだ。 では、訓練の場とはどういう意味か?それは訓練内容を説明すればちょっとは伝わるかもしれない。MBAの授業は、大半がケースといわれる、「(大抵は実際にあった)ストーリー+データ」が教材である。そして授業では、「こういう状態に自分が置かれたら、どういう決断をするのか、それはなぜか」が延々と問われる。期末試験もエッセイ問題が一問だけで「What will you do and why?」だけだったり。とにかく、「お前ならどうするのか」「お前ならどうするのか」「お前ならどうするのか」と何百ものケースを通じて問われ続ける。千本ノックに近い。 ちなみにハーバード白熱教室という番組でサンデル教授の授業スタイルが話題になっていたそうだが、MBAの授業はああいうアプローチをさらに学生同士の議論を中心にしたものだと考えていい。ほとんどの時間は学生がしゃべっており、教授は議論をファシリテートするだけである。まずとにかく「絶対賛成」「絶対反対」決断をし、明確なスタンスを取ることが求められる。そして両極端の意見の戦いが始まる。「その意見はここを見過ごしている。」「それは一方的すぎる。」「それは絶対に同意できない。」「間違っている。」「それは倫理的に問題がある」という議論が繰り返される。極論同士の戦いの中では、当たり前っぽい議論であっても逃さず議論されていく。(ちなみに、僕もそうだが、日本で育っていると、「そんなに全否定しあうことは無いんじゃないのか」「そんな当たり前のことを議論するなんてアメリカ人はバカ」「極論を言わず、理解を示すべき」と思ってしまうがゆえに、日本人は授業でとても苦戦する。) 教授陣がこういう極論を使った教え方をするには理由がある。議論の両極端を押さえないと、議論の地図の全体を描けないからである。日本人が好きな、「わざわざ喧嘩しないで、中間の解からはじめよう」というスタンスだと、全体の座標上、どこにその意見が位置するのかすらあいまいになる。結局、何を見落としているのかも議論されることなく、そこで思考が停止する。だから、結局現実的に中間地点に落ちるとしても、中間からはじめないで、あえて極論同士をぶつけさせて喧嘩し、お互いの視点の強み・弱みを浮き彫りにしてから重要な論点に落とし込んでいくのだ。 ただしトピックは極めて決断が難しいものばかりである。意図的に正解がない質問が選ばれているからである。例えば、あなたがアメリカの大統領だったら民間にまぎれたテロリストの拠点を空爆するかとか、伸びるかもしれないが現在足を引っ張っている部下を解雇すべきかとか、人の命を救う薬を採算度外視の価格で売るべきか(会社が倒産するリスクを背負ってまで命を救うべきか)とか、貧乏なときから寄付すべきか成功してから大金を寄付すべきかとか、週末に仕事をとるか友人との約束をとるかとか、とにかく、レベルは別としても価値観次第ではっきり白黒つかない話ばかりである。だからそもそも意思決定すること自体がとても気持ち悪い話も多い。意思決定に必要な完全な情報はそろっていないし、最後まで「これが正しい結論だ」という正解がわからずフワフワしている。どちらを選んでも誰かが不幸になるかもしれないし批判されるかもしれないし、こっちが明らかにハッピーエンドの正解みたいな選択肢は提示されない。苦しんで選んだとして、ビジネスの結論は、「その選択肢を取らなかったらどうなっていたのか」を検証できないので結果を相対評価することすらできない。それでもとにかく、自分はこう信じているという自分なりの、不完全な結論を何度も何度も出さねばならないのだ。大抵の重要な人生の決断って、そんなもんだけど。結婚とか。 結局、「何が正しいのか」ではなく、「お前ならどうするんだ」と聞かれている。 「お前ならどうするんだ」 「お前ならどうするんだ」 「お前ならどうするんだ」 このように決断の訓練を何度も繰り返して、何になるというのだろう?ひとつめは、決断プロセスの確立だ。自分のアタマの中で色々な視点を戦わせながら大事な論点に落とし込む事に慣れるということ。「俺はこれをできるに違いない!」と考えると、アタマのどこかで「そんなに簡単にはできない」という反論の声がする。「なぜ?」「こういう3つの障壁があるから」「この二つはこうやって解決できるから大丈夫じゃないか?」「しかし残りの1つは乗り越えられないのではないか」「誰かの助けを借りればいいんじゃないのか」「誰かとは具体的に誰か」「わからないので考えてみよう」・・・こうやって一人でクラスでの議論を再現できる事が大事なのだ。ふたつめは、決断基準の確立だ。難しい決断になればなるほど、「自分がどういう人間なのか」を知らずに答えが出せないものだが、意外と人は自分の決断を迫られるまで自分の価値観を知らないものだ。だからこそ、いろいろな種類の決断を迫られ続ける事で、「自分はこういう人間だから、こういう時はこういう決断をするんだなあ」という自分の価値観がクリアになっていく。例えば、「日本の死刑制度に反対か」と聞かれたら「場合による」「現状維持」という人が多いかもしれない。でも反対派に「それは賛成と同じだ、殺人に加担する理由は何か」と問われたら、自分の価値観をクリアにしないと答えに窮するだろう。自分の価値観がクリアになっていくにしたがって、人はシンプルになって、無駄な事をしなくなって、決断がしやすくなっていく。 こんな感じ。訓練内容がわかって頂けただろうか。もちろん、知識が無意味と言っているわけではない。財務分析とかは知識も必要だ。しかし、最終的には、「学んだ財務分析の手法を使って、教科書どおりの正解を求めなさい」みたいな問いではなく、「あなたはその財務の知識を使って、どう決断するのか」が問われている場なのである。最終的には、全てが決断に落とし込まれていく。 (ちなみに、MBAを自己啓発セミナーと例える人がいるがそれは誤解だと思う。MBAは、自分の意見を戦わせる訓練をする場所であって、黙ってありがたいお話を聞いて帰る場ではない。しゃべるのは自分であり、ひとたびしゃべればボコボコに反論される場であり、それでもしゃべらなければ成績がつかない場であり、だから説得力ある言葉で周りを揺るがす、それぐらいの決断力を育てなければならない。啓発されている場合ではなくて、啓発する側じゃないといけない。)   ホームランはどのように打てるのか、というハナシに似ている 「なんで決断に訓練が必要なのか」という疑問もあるかもしれない。なんでだろう。 突然だが、野球でホームランをどのようにしたら打てるようになるだろうか。もちろん、どのような球種に対し、どのようなフォームで打つべきかといった、「知識」は必要だと思う。でも、人間は本でセオリーを学べば、グラウンドに立ってホームランを打てるようになるだろうか? 答えはNoだ。筋肉を鍛え、何度も打席に立ち、何度も失敗しながら、限られた視覚情報を元に不確実なボールの動きを予測し、どのように打ち返すのかを過去の経験則を統合しながら瞬時に決断し、続けざまに筋肉を正確に反応させるという作業を実行する「訓練」をひたすら繰り返す。 MBAのビジネス上の決断に関する考え方も全く同じである。経験したことがない問題に対して決断するには、何度も不完全な情報を元に、限られた時間内で決断する訓練をすることが重要だ、と考えられているのだ。だから、ケースを重視する。フィールドスタディーという現実の問題に取り組む現場感覚を重視する。ビジネスプランコンテストで実際に起業の準備をしてみることを重視する。やってみては、失敗する。失敗から学び、またやってみる。そういう場所なのだ。 冒頭で、MBAの卒業生に「何を学びましたか」と聞いても、あんまり覚えていない、「あなたの成功はMBAのおかげですか」と聞いても、はっきり答えられる人はいない、そういうものだと書いた。それはホームランも一緒だ。「2年前の夏合宿では何を学びましたか」と言われても「まあ色々なメニューをこなしました」ぐらいしか答えられないし、正直何を訓練したのか覚えていない。「先ほどのホームランは2年前の夏合宿の成果ですか」と聞かれても、「まあそういう側面もあるでしょうけど、それだけじゃないし・・・」となるだろう。しかし、ちゃんと答えられないから、意味が無い類のものではないのだ。単に、訓練とはそういう性質のものだ、ということだ。 「MBAに行って、学びが無かった、無意味だった。不完全な情報を与えられて、適当にアウトプットするだけの、よくわからない場だった」という人は、何か大事な知識を教えて貰えると勘違いして行ってしまったからだろう。   MBAに対する日米の評価が違うのは、「決断」に対する評価が違うから アメリカではMBAはどう見られているのか。MBAはエグゼクティブの多くが持っていて、転職のときもよく条件として「必須(required)」あるいは「持っているのが非常に望ましい(strongly desired / big plus)」というのを良く見かける。米国のトップスクールに入ると、アメリカの大企業が幹部候補を採用すべくひたすら学生の取り合いを繰り広げる。その結果、アメリカではトップスクールのMBAを出ると、給料が卒業後に数百万円は上がるのが通常であり、そういう意味では他の「大学院」とは扱いが異なっており、MBA卒はわりと重宝される存在である。一方、日本ではMBAはどう見られているのか。そもそも、MBAが必須なんて転職条件に入っている求人はほとんどない。米国のトップスクールにいる日本人のところに、日本の大企業からの求人なんてほぼ来ない。来ても、給与を数百万上げるなんてことはせず、単なる「院卒」カテゴリーに入るだけ。MBAの良し悪しはおいておいて、そもそもなんでそこまで評価が分かれるのか、考えてみましょう。 一見、たかだか2年学校に行っただけで給料をそんなに上げるなんてアメリカ企業はバカなんじゃないのかという気もするが、本質的にはMBAを取ったから給料が上がったわけではない。作業する立場から、決断する立場に切り替わったから給料が上がったのである。そして、優れた決断をするという事は、がんばって作業する事より、はるかに会社が儲かるようになる上で重要だから給料に反映される、という一般論を反映しているに過ぎない。 一方日本の一般的な企業では、優れた決断によって会社に貢献しても給料はあまり変わらないことが多い。というか、日本のエグゼクティブはそもそも決断しない事が多い。取締役会レベルでも、社内役員会議でも、部下から上がってきたよくわからない話を承認したり「もっと調べてから来い」というダメだしをしているだけだったりして。そもそも、答えがわかっている事じゃないと決断したがらない事が多いが、答えがわかっている事に決断など不要である。不確実な状況で、不完全な情報を元に決断するから重要なのである。というか、どっちにしても、MBAをとった若造ごときを決断をする立場におかないので、使い方がよくわからず、とりあえず(決断ではなく)作業させてみたが、あいつ普通やんけ、使い道に困る、あいついらない、みたいなレベルの話になりやすい。だから、世界中の企業がアメリカのMBAの学生をすごいコストをかけて採用しにきている中で、日本からは全然こないのである。 そういう意味で、「MBAは使えない」というのは、使い方によってはたぶん本当である。決断の使い道が無いのに、決断を学んできた人をとっても役に立たないという、とっても美しくシンプルなお話である。だから結局、MBAを使い慣れた外資系に行っちゃうのである。外資系の仕事は少人数でまわすプロジェクトの仕事が多いので、決断の余地が大きいからだ。 実際には幹部候補としてMBA生を採用したいという日本企業もゼロではない。でも、いわゆる日本の大企業が採用にきて、契約ボーナス一千万円で初年度年収1300万円ですという好条件でも、MBAに来ている日本人がなびくことはほとんどない。日本のいわゆる代表的な企業(エレクトロニクスとか自動車とか)が幹部候補といって採用にきても、ワクワクしないのである。なんでかというと、「最初の給料が高いからといって、日本の大企業に入っても、どうせ決断させてもらえないから、学んだ事を活かせるエキサイティングな職場じゃない。決断できないなら、変えられないし、でっかい夢を描けない。」と思っているからだ。 結局、日米の差は、「決断」の位置づけが違う事に起因する部分が大きいと思う。   日本企業におけるMBA派遣はほとんどが「福利厚生」であって「決断」とか関係ない ちなみに、社費でMBAに行ったくせに辞めるやつが多いのでMBA派遣は無駄だからやめました、と嘆いている会社も多い。うんうん、確かに無駄だから、そういう会社は社費派遣とかやめたほうがいいと思う。 そもそも、なんで彼らがやめるのかというと、会社の経費で決断の訓練を2年もやらせておいて、帰ってきたら決断が求められる仕事を用意するどころか、前と同じような仕事が待っている上に、「お前2年も遊んできたんだから真面目に作業しろ」みたいな雰囲気が待ち構えているからである。他社が「ぜひその経験をうちで活かして意思決定して欲しい」と声をかけてくれているのに、自社に帰った場合は「遊んできたんだから働け」と言われる罰ゲーム的待遇の意味がどう冷静に考えてもよくわからないのである。 ホームページでMBA留学を福利厚生にあげている企業が多いが、MBAは本気で福利厚生つまり「ごほうび」というか「新卒を釣るエサ」であり、会社にとっては単なるコストである。そもそも会社が意思決定できる人材を育てたいからMBA派遣制度をやっているのであれば、それは福利厚生ではなく経営戦略上の「投資」であるはずだ。投資なのであれば、決断の訓練をして帰ってきた従業員に意思決定してもらわないと見合わないはずだ。というか、本気で決断の教育を尊重し、そういう人を活用している企業なら、辞められるどころかMBA生たちから卒業したら入れてくれとお願いしてくるだろう。 「社員が裏切って辞めるから、MBA社費派遣制度は終わりだ!」と辞めた人を責めるのは簡単だけど、そもそも福利厚生だと思ってやってるからそういう考えになるんでしょう。一方的に怒るばかりではなく、MBAホルダーが来たがる会社になっていないこと、つまりMBAが不要な会社なのに派遣しちゃった事が問題である事も認識したほうがいいと思う。 ようするに、「決断」の意味合いが違う大半の日本企業にとって、MBAは福利厚生程度のものであり、使わない能力に関して評価もへったくれもないというだけの事かと思います。     結局MBAは役に立つか?   僕はMBAが良いとか悪いとかいう話をしているのではない。MBAに行った人がみんな優秀ですばらしい決断ができるようになるみたいな極端な話をしているわけでもない。僕が言っているのは、以下である。 そもそもMBAは知識を得るところではなく、決断の訓練をする場であり、野球でいうと「打つセオリーを学ぶ」ことより「打つ練習」のほうに近い。何か知識がつくと場所だと思って行くと学生側も採用する側も「MBAは使えない」と思うのは当然。 アメリカ企業でMBAが評価されるのは、「決断力」を重視しているということ。日本企業でMBAが評価されないのは「決断力」とかいう計測しにくいものを若い人に求めていないから。だからといって決断と関係ない仕事を与えれば、「MBAは使えない」となって当然。 役に立つかどうかは、ほとんどがマッチ・ミスマッチの問題である。それを踏まえて人の話を聞いたほうがいい。 MBAには、資格みたいに「具体的にこれができるようになります」と言える明確なメリットは何も無い。訓練したから決断ができるようになる保証もない。成功したのがどの訓練によるものなのかを証明することもできない。「必要か」も「役に立つのか」も、決断する力を育てる事が自分の将来にとってどんな意味があるのか次第だ。訓練とはそういうものだ。 というわけで、大変なわりに色々と誤解されやすい学位ではあるが、そういった視点で「自分に役に立つのか」を自分なりに考えていくと良いのではないでしょうか。 決断に必要な情報が揃っていない、正解のない問いを前に、お前ならどうするんだ、と。

Betsyの話

今日は、とある女性の話を書いてみます。 ここのブログの読者は30歳前後の人が多いのですが、この話の主人公は同じ年代のふつうの人です。 彼女は、素敵な男性と出会い、長い間付き合っていて、結婚を前提に、二人で家を買って住んでいます。 まだ結婚していない人はこれから自分に起こることだと想像してみてください。 もう結婚した人は自分が結婚する直前の事を思い出して、自分にこれが起こったと想像してみてください。 ——————-   彼の誕生日を二人で祝った数日後、彼はステージ4の肺癌であると診断されました。つまり、末期癌です。 最初、彼は「なんだか胸のあたりが痛いからお医者さんに行くね」いっていました。お医者さんも、単なる胸焼けか何かでしょうと言っていたので私も彼もあまり気にしていなかったのですが、実はその時にはもう彼の肝臓や脳に転移が進んでいたみたいです。みんな「タバコ吸ってたからでしょ」って言うから言っておきますが、彼はタバコを吸いません。私も彼も、タバコのにおいが好きじゃなくて。とにかく、血液テストでもがんのテストは陰性だったんです。 その夏のとある金曜日に、彼は私の携帯に電話をくれました。なんだか不思議な声で、用件があるから、家に帰ってから話すからと。今になって驚くのは、彼はお医者さんに午前中に告げられたことを、午後いっぱい、私に会うまで誰にも言わなかったということです。どんな気持ちだったんだろうと。 何年も付き合ってきた元気な彼が、末期癌と診断され、ほぼ確実に死んでしまうと聞いたとき、おなかを急に思い切り殴られたような、そんなショックがありました。お医者さんは余命について教えてくれませんでした。でも彼はインターネットですぐに調べていて、ステージ4の肺癌に診断された人は、大体1年ぐらいで亡くなっているそうです。5年もった人はいないとか。 私はもう、どうしていいのかわからなくて、とにかく泣きました。彼も泣いていました。夢だったらいいのにと思いました。いろんな人生のプランが急に真っ暗になって、先が見えなくなりました。 少しだけ落ち着いてから、まずは親戚とか仲のいい友達に報告したほうがいいよね、ということで、リストを作って一人一人電話していきました。電話の向こうから聞こえてくる言葉に、ああ、私たちはこんなにも大事にされているんだと気づかされて、それがなんだかショックでした。 それから、私たちは殆ど眠れませんでした。しばらくして、放射線治療が始まったころ、お医者さんが彼に、「睡眠薬を処方するのを忘れてごめんなさい」と言っていたそうです。私も眠れなかったのですが、私向けにはそんな話すらなかったです・・・癌が宣告された人の妻や恋人にも何か処方したほうが良さそうなのにね。   そう、それで私たち、結婚することにしました。 一緒に暮らせるように一緒に家を買ったところだったし、結婚はどちらにせよするつもりだったんです。   まだ結婚していなかったのは、私は大げさな結婚式とか好きじゃなかったし、彼も急いで結婚したい感じじゃなかったという事で、なんとなく「仕事がひと段落してから結婚しようか」という話をしていたからです。だけどこうなった今は、今結婚したほうが、彼が死ぬ前に言葉が話せなくなったときに私が代理で話せるし、一緒に買った家の相続をどうするんだといった手続きも色々あるみたいなので、私も結婚したほうがいいと思いました。結婚式には60人が集まってくれました。その日はとても暑くて、記録的猛暑だとニュースになっていました。ちなみに、シンプルで、カジュアルな結婚式のほうが、参加者の皆さんがリラックスできるからオススメです。話がそれましたけど。 それから、私たちは二人でブログを始めました。彼の様子について多くの親戚や友人が確認したいと思うのですが、「彼の具合が悪くなりました」という同じ話を、電話で何度もその度に説明するのは辛いし、そういう話を聞いた人も言葉を失ってなんて私たちに言葉をかけていいのかよくわからないと思います。でもブログならコメントをすることもできる。そうやって、ブログが私たちのコミュニティみたいになりました。 癌というのは、ゆっくりと死に至る病気なんですね。癌の苦しみというのは目に見えてわかるところは氷山の一角なんだなと思いました。私も、髪の毛が抜けて(放射線治療と化学療法のせい)、体重が増えて(放射線とステロイドのせい)、その後減って(薬の副作用で)、といった症状があるのはなんとなく知っていたのですが、実際には目に見えない部分が多くあります。吐き気が頻繁にやってきたり、味覚が変わってしまったり、しゃっくりが何時間も続いたり、何かの薬の副作用でにきびができたり、足の神経症(神経痛や感覚の消失)、飲み物の温度に対する知覚過敏など、いろいろと生活に支障がありました。 投薬治療の3年間、彼はがんばり続けました。残された時間を嘆きながら過ごすのは嫌だ、癌に全力で立ち向かうんだと決意していました。彼は自分でできることを人に頼んだりしませんでした。悲劇のヒーローとして話題の中心になるのも嫌いでした。私たちは、必要なときだけ癌の話をして、そうじゃないときは普通の話をしながら、普通に過ごすようにしていました。 一時期、彼の具合がとても良くなって、私たちはなんと、2週間海外旅行に行くことができました。ガイドさんには、ちょっと具合が悪くて歩きにくい時があるとだけ伝えておきましたが、特に問題なく旅行を終えることができました。普通のカップルみたいな旅行が本当に嬉しかったです。 2009年の1月に、私の会社がレイオフを発表して、私は急に解雇を通告されました。でも私はとても嬉しかった。だって彼ともっと一緒にいられるようになったから。 でもそれも長くは続きませんでした。翌月のある朝、彼がお風呂場から「ちょっと来て」と叫んでいて、私は飛び起きました。お風呂場にとびこんでふらふらの彼を肩で支え、ソファーにゆっくり、ゆっくりとおろしました。何かの発作で震えているのを見て、すぐに救急車を呼びました。救急隊が来たとき、彼は大丈夫だからと自分の足で救急車に乗ろうとしていました。私は着替えをつかんで救急車に乗り込みました。彼は緊急治療室に運ばれました。何度か発作を起こした後に、検査が行われました。 退院した時、もう命の終わりが近いこと、もう癌と戦うのは諦めなければならないことは認めざるを得ない状況でした。 彼は7月までがんばりました。ホスピスに出たり入ったりしながら。家にいるときは、もう階段を上ることができないからいつも一階で過ごしました。背の高い彼が快適に過ごせるように、とびきり大きなベッドを借りました。 私は介護したことなんてありませんでしたが、彼の専属看護婦さんになれるように勉強しました。必要な薬をあげて、肺から水を抜いて、お風呂に入れて、元気なときにベットから出たりして。ぎゅっと抱きしめるっていうのは、動けない人を動かすときにとっても便利でステキな方法ですよ。 彼はコンピュータやゲームが好きでした。友達が面白いガジェットを持ってきてくれて、ホスピスの部屋で一緒に組み立てたりしました。彼がなくなる前の週にも、私の古くなったパソコンを直してくれました。 最後の2日間、彼は寝ている事が多かったのですが、彼は自分がもうすぐ死んでしまう事はわかっていたみたいでした。ちょっと意識がはっきりした時に、私と、付き添いの介護の方にささやきました。「死ぬって、どうやったらいいのか、よくわからないね。」 私はこう答えました。「そうだね。でも、たぶん、わからなくていいんだと思う。きっと、生まれるのと一緒で、意識するものじゃなくて、自然に起こることなんだと思うよ。」 私は、ベッドの彼に、「あなたの事が、好きだよ」って、心をこめて言いました。彼が逝くときに、寂しくないって、思ってほしくて。聞こえていたのか、理解できたのかわからないけど、伝わっているといいな。 彼はちょうど夜の12時ぐらいになくなりました。誕生日の二日後、ほぼちょうど癌の診断を受けた3年後でした。 彼のご両親も、私の両親もそこにいました。何かあったらと呼んでおいた看護婦の方が、脈拍が止まったのを確認して、彼が亡くなった事を告げました。それから「葬儀業者の方に彼の遺体を引き取ってもらうように」と言われました。それから、いろんな事がありましたが、よく覚えていません。とにかく、いろんな事がありました。   彼が死んだ瞬間のことは、きっと一生忘れないと思います。彼の首の筋肉が頭を支える力を失って、うなだれているようで。顔が少しずつ白くなってきて、青ざめて、それから静かな死が訪れました。その瞬間に、彼という存在は、私の心の中の人になりました。今でも、こうやって、その瞬間のことを書くのは辛いです。 私は家に帰って、久しぶりに2階のベッドで寝ました。彼がいないベッドがこんなに広かったのかと思いました。 お葬式が終わって、彼の遺骨を受け取りました。「その瞬間、彼の死を悟りました」なんてことは思わなかったのですが。彼が私の目の前で亡くなる瞬間は彼の死を感じる上で十分にリアルでした。ただ、静か過ぎて、美しすぎる火葬場のロビーで、私の愛した人が小さな箱の中に入っているのを渡されたとき、大事な何かがもう本当に終わったんだという、恐ろしいほどに動きようのない事実が、ただそこにありました。なんだか涙が出て息がむせました。 それから、色々と役所とか銀行とかそういった所との事務的なやり取りがたくさんありました。私はそもそも、そういう事務手続きが苦手で。口座の移行がどうだ、証明書が何通必要だとか。それで、電話して、「私の夫が御社のサービスを利用していたのですが、このたび他界しまして・・・」と言って回って、「それはご愁傷様です」と、同情したような、慣れたようないわれ方をされるのも、なんだか辛くて。一人になって新しい仕事を探すのも、あまり前向きになれませんでした。 もちろん、彼の何気ない冗談とか、私が愛した彼の全てを思い出すと、とても切なくなります。ただ、身勝手と思われるかもしれませんが、私がとても苦手で、彼が助けてくれていたことがこんなにあったのかと気づくとき、いちばん辛く思います。 だんだん、彼が設定してくれた家のパソコンやネットワークの調子が悪くなっていて、私には何が悪いのかもわからないのに、彼はもう直してくれない。   私が疲れているときに料理してくれたのに、もうしてくれないし。   私の代わりに買い物に行ってくれたり、銀行口座とかお金の管理をしたり、私が泣いていたら優しく寄り添ってくれたり、くじけそうな時に「がんばれよ」と背中を押してくれたり、私が感情的になって騒いでいるときに優しく落ち着かせてくれたり。いつも優しかったのに。そうやって当たり前のように支えてもらっていた事がなくなったのがつらくて。   彼が教えてくれた多くの事、彼が守ってくれた多くのこと、彼が私にくれた多くの影響があって、でもそれはもうなくて。まだ、彼がいない人生に慣れていない気がします。彼のいなくなった私って、誰なのかを想像して、そういう人間になれるようにならなきゃいけないのが、一番つらい気がします。   ただ、彼を失ったことで私は少しだけ勇気を持つことができた気がします。その勇気を振り絞ってアドバイスがあるとすると、もし今もしあなたの愛する人が生きているならば、いつか二人でやろうと夢見ていたことをすぐに始めたほうがいいとおもいます。   Quora という Q&Aサイトより。原文を書いたのはBetsy Megasさん。本人の同意の元に僕が訳しました(けっこう意訳です)。最後のアドバイスは、彼女の僕に対するものなので、原文にはありません。   ——————- 今回、癌という、誰にでも起こりうる病気で旦那さんを失ったBetsyの話をして何が言いたいのかと言うと、「愛する人の死を具体的に想像することはとても大事なのではないか」ということです。 これはとても難しい事だし、すごい想像力が必要です。しかも、失ってみるまで、その気持ちを「完全に」理解することはできないでしょう。ただそれでも、想像する努力はすべきだと思っています。なぜかと言うと、人間というものは勝手なもので、失ってみるまでどれだけ相手が大事だったのかなんてわからないことが多いからです。そして、「わかっていたならばあれをしたし、あれをしなければよかった」という後悔は、ほとんど確実にやってくると思います。特に、急な死であればあるほどに。 死は例外なく誰にでも訪れるし、親は当然ながら、子供だっていつ事故で死ぬのかわからないわけで、後悔するとわかっているのであれば、後悔しないように色々と考える必要があると思います。ただし後悔を減らす上での最大の障壁は、前述のように「自分が相手をどれぐらい大事だと思っているのかを想像できない」ことにあると思います。だから、その障壁に対して一番良い方法は、相手がもしいなくなったら自分がどうなるのかを具体的に想像してみる事なんじゃないでしょうか。 もし、親、結婚相手、子供など、愛する人がいなくなったら?「カラーテレビの世界が、白黒の世界になってしまった」と聞いたことがありますが、それはどんな世界なんでしょうか。 そうやって想像してみてから、ふと現実に帰って、実は愛する人が生きている世の中に帰ってきた時に自分は何をすべきかを考えたら、ひょっとしたら後悔が少しだけ減らせるかもしれないと思います。そして、「朝起きたら、その人が生きている」というだけで、感謝できるようになると思います。 同様に、そうやって自分が死んでいくことも想像することで、自分が生きている間にやるべきことに集中できるようになるかもしれない、と思っています。 順番が分からないだけで、僕もあなたも死ぬし、僕たちが愛する人も全員、確実にいつか死にます。世界の人口が何十億人いようと全員が。なのに僕たちはその事実を感じることすらできないから、やるべき事をやらず、やるべきでない事をやってしまいます。ただ、死を他人事ではなく(実際に他人事ではないのだが)、リアルに感じることができる想像力さえあれば、きっと人生の後悔を減らすことができると思います。