Drivemode設立経緯その3

2013年11月 Y Combinatorに落ちる!

Y Combinatorという、アメリカで有名なインキュベータ(投資もしてくれるスタートアップの学校みたいなもの)がある。何かのついでにウェブサイトをたまたま見たところ、「3時間後が本日の締め切り」って書いてあった。Y Combinatorが具体的に何をしてくれるのか正直あんまりわかっていなかったのだが、調べている時間もないので1時間ぐらいで質問に穴埋めして適当に書いて出す。Co-founderのビデオとかないのでごまかし、穴埋めもよくわかんないので「わかりません」と書いて、さくっと出したら面接に呼ばれる。

うーむ、呼び出されてしまった以上、「なんでY Combinatorに入る必要があるのか」を考える必要がある。そこで、みんなでYC卒業生とかの話を聞いたりして、クイックにメリットとデメリットを考えてみた。

メリット:
  • 投資家ネットワークがない人にはいい
  • 業界ネットワークがない人にはいい
  • 資金がない人は資金をもらえる
  • スタートアップのやり方を知らない人はYCのスタートアップ流儀を学べる
  • Amazon Web Servicesなどのインフラがタダで使えるなど特典がある
  • マーケティングになる
  • プレゼンの練習になる
  • 旅費1000ドルもらえる
  • ネタ的に面白い
デメリット:
  • 投資条件が悪い(ので、僕の周りに申し込む人はほとんどいない)
  • VCから見ると、YCに入ったからポジティブとは限らない
という、以上の分析の結果、「入ったほうがいいのかどうかよくわからない」という結論になった。ネットワークや資金などは困っておらず、YC流のやり方はちょっと知ってるけど使わないと思うし、AmazonのUS本社には「Drivemodeは特別にインキュベータに入らなくても100万円分は無料にする」とか言ってもらえるし・・・。あと、僕はVC側の世界の人間だったので、YC卒のスタートアップの評価もそこそこしたが、YCに入ったからどうかという現実に関しては裏情報ばっかり持っているのでちょっと世間と違う印象なのかもしれない。

そんなこんなで、1000ドルの旅費を出してもらえるので、とりあえず面接にはいく事にした。方針は以下:

  • 優先すべきはプロダクトなので、YCの面接の準備は基本的にしない
  • よほどいい条件で投資されるとか言われないかぎりたぶんどちらにせよ入らない
ということで、軽いノリで行ってみた。

落ちるとも知らずに記念写真を撮るわたしたち。ぷぷぷ、ダッセー。

人数多いと嫌がられるらしいけど、みんな記念に行ってみたいだろうからゾロゾロ連れて行く。会場につくと、周りのみんなはものすごい準備していて、なんかいろいろ傾向と対策的なものがあるらしく、みんな熱く合格セオリーを話していてびびった。あと、なんかどこの欄で申し込むと面接官が誰になるらしいみたいな常識がいろいろ存在するらしい。そんなわけで、面接に行ったらポールという短パンでサンダルの人と話がかみ合わなかったようで、あとからメールが来て落ちた(笑)。でも感じいい人たちだったよ。話がかみ合わなかったのは、僕のプレゼンが悪かったの一言に尽きます。ただ面接の当日まで、ファウンダーの誰も入りたいと言っていなかったので、なんか別によかったのかなと・・・。とりあえず1000ドルくれたし!

ちなみに、本気で準備して入ろうとすべきだったのかどうかは、やっぱりいまだによくわからない。必要だったら考え直すと思う。そのうち後悔する日がきたら、そのときはそのときだろうな。一言で総括すると、よくわかってないのに行っている時点で、場違いであった。

でも面白かったから何でもいいのだ。

2013年12月 そろそろ僕のお金が尽きるので資金調達準備

さて、無給状態のまま、自腹でドメイン買ったり経費払っていたら古賀家の家計が本気でやばくなってきた。当たり前なんだけど。本質的には起業なのか起業じゃないのかとかはどっちでもいいのだが、さすがに給料がないと維持可能なプロジェクトではないので、なし崩し的にちゃんとした会社にしなければならなくなってきたという感じである。

ということで、激烈シンプル、小細工一切なしの4ページのConvertible Equityのテンプレ契約書(タームシートすらない)を仲良しのみなさんにお送りした。資金調達の所要時間は3分ぐらいか(笑)。

2014年1月1日~ オフィス開設(空っぽ→最高のオフィスに!)

資金調達はみなさんのおかげでさらりと終わりました。みなさん投資に慣れているのもあって質問も何も来ず。スムーズに行ったのはもう本当に信頼してくれている投資家の皆さまのおかげです。元から、「出資金は、成功したら儲かり、失敗したらチャラでいいよ」「応援したいという想いだけ」「いきなり大企業に殺されたらそれはそれでいい、一緒にやりたい」「明日にでも振り込むよ、契約書もいらない」といった感じの皆さんの言葉は、投資家と投資先というよりも、お父さんと息子みたいです(笑)。(なお、特にニュースリリースとかは何もする気ございません。僕たちごときがメディアの皆さんのお時間取らせるのはまだ申し訳ないです。)

ただ、あえてそんなに調達しなかったので、経費は極限まで下げねばならない。

とりあえず、Walmartで買ったプラスチックの机と、お借りしたパイプいすで仕事を開始。何にもないけど全く問題ない。

しかし、素敵なオフィスにしたいという思いはある。けど問題があるわけじゃないので我慢できるなら我慢したほうがいい。うーむ。

そこで、使ってない家具を寄付でいただき始めました。

そしたらまあ皆さんどんどん寄付してくれます。ひええ。

あまりに色々頂けるので、もうこの際AmazonのWish Listでお願いしてみたらどうなるんだろうと思って、ためしに公開してみたら、400ドルを超えるものですら飛ぶように買われていくというお祭りに発展いたしまして、知り合いから存じ上げない方までにも支援して頂きました。Co-founderたちもこの瞬時にオフィスにモノが揃っていく、しかも全部が頂きものという夢みたいな光景に衝撃を受け、この謎の状況は「KOGA MAGIC」と呼ばれるようになりました。

「なぜこんなことになるんだ」と聞かれても「わからんけどこうなった」としか答えようがございません。わははは。

こうして、皆さんが作ってくれた会社で僕たちは元気に働いています。

世界一愛されてるスタートアップである気がして、とても誇り高いです。

2014年2月 エンジニア募集開始

会社の設立事務もなんとなく終わりました。会社設立の法務も僕は契約書とかわりと自分で書くので超安くできました。英語あってるのかわかんないけど(笑)。

そして、エンジニアの募集です。Wantedlyというサービスの評判がよかったので申し込みを出してみました。これはソーシャルネットワークで応援して頂けるとなんか順位が上がってみんなに見えるようになるらしいという求人告知サービス。

求人を出したら一瞬で900件以上ある募集のうちランキングが1位になりました(何のランキングなのかわかってないですけど 笑)。Drivemodeは多くの人に支えられているので、「誰かに助けてもらうとうまく行く」ことに関しては最強!もちろん、まだ出したばかりなので、すぐには決まらないと思いますが、きっとうまくいくと思います。これについても、御礼申し上げます。

まとめ

というわけで、いままでの僕たちの冒険のスタートの経緯は以上です。ぜんぶ書いてみました。

まとめると、「うお~起業するぜ~」という勢いがあったわけではなく、「一発当ててやる!」という思いがあったわけでもない。現実はこれです。

  • 「こんなプロダクトをつくりたい」という思いがあった。
  • 僕は「助けて」と言った。
  • ビジョンが勝手にいろいろな人を巻き込み続けて雪だるま式に巨大化していった。
  • 転がるビジョンが壊れないようになし崩し的にDrivemode社が設立された。
プロセスのほとんど全てが雪だるま式・なし崩し的だったので、僕はどこか特定のポイントで大きな意思決定をしている気がしません。

たぶん、振り返ると、僕が行った唯一の主体的な意思決定は、

「僕にはできないから助けて」

と最初から一貫して言い続けているということです。

僕のポリシーは「無理そうな事からやる」です。そもそも、僕みたいな、高校の偏差値30台、日本で普通の大学を出て、30過ぎまで普通に日本で過ごしてきた日本人がシリコンバレーで成功するなんて僕の中ではほとんど夢物語です。

だからやるのだ。

怖いが、それが冒険というものだ。僕には仲間が要るのだ。だから助けてと言うと決めた。

無理っぽい事をやっているだから、僕はうまくいくかもしれないし、討ち死にするかもしれない。でもそれも含めて是非見て下さい。

成功したら応援したことを誇りに思ってもらえるようにがんばります。

失敗したとしても、応援してくれた皆さんに「応援したことは無駄ではなかった」と思ってもらえるにがんばります。

ただ最終的にはぐるっと一番最初に戻って、奥さんにかっこいい夫だと思ってもらえるようにがんばります(笑)。

以上、設立経緯でありました。またね~

Drivemode設立経緯その2

2013年7月 中河さんに会いに日本に行く

とりあえず会ったことないので、HKと一緒に中河さんに会いに日本に行ってみる。話がテクニカルすぎて何をいっているのかわからない事が多いのだけれどもきっと大事なことを言っているに違いない、程度にはお互いを理解する。とりあえず何を聞いても答えが返ってくるのでこの人すげえ。あと、顔が濃い。

ついでに、「日本に来たので挨拶に来ました!」と知人に回っていたら、「お金要る?」とものすごく聞かれるので、資金調達とかはしなくていいという恵まれた環境であることを理解する。

2013年8月 秘密プロジェクトがスタート

この時点では会社になるかどうかすらもわからない謎のプロジェクトだがとりあえず「なんかすごい事をしたい」という人がたくさん集まってプロジェクトが開始。みんなで楽しくいろいろな夢を語ったりして非常に楽しい時間。このプロジェクトメンバーに関しては言って欲しい人も言わないで欲しい人もいるだろうからとりあえずここでは言わないでおいたほうがいいんだろう、たぶん。

誰もチームメンバーに入る事を強制されていないのに、チームとして見事に回った。普段は会えないようなすごいチームメンバーがそろっていて、毎日学びがある。違う分野の人たちがお互いに教えあい、お互いが学ぼうとするからものすごい相乗効果だった。

会社になるのかも、何もわからない。でも、「楽しい」から、「すごいものを作りたい」から、「学びたい」から、みんな週末を潰してプロジェクトに打ち込む。夜9時に集まって12時まで考え抜く。とにかくみんなで考え抜いた。

2013年8月末 大事にしていた子がプロジェクトから抜ける

唯一残念だったのは、ボストンにいたときからずっと可愛がってきた若いメンバーが倫理的に問題のある行動を起こして、即時プロジェクトから追放しなければならない事態になった事かな。

彼は車のことはあまり知らないだろうけど(運転しているのすら見たことが無いし・・・)、僕は彼のことをとても信頼していて、このプロジェクトからたくさん学んで欲しいと思っていた。同様のバックグランドの人はみんなお断りしたけど、彼は「シリコンバレーに行く用事があるのでちょっとだけでも入れて欲しい」(用事があるというのは嘘だったのだが)というので、まあいいか、育ててあげようという思いから入れてあげたのだった。でも、みんなが一生懸命考えてきたプロジェクトの内容を見て興奮し、盛り上がってしまい、日本で自分でやると言い出した。それは倫理的にも問題あるし、みんなでやってきた事に対する冒涜だし、こうなったら彼には出て行ってもらうしかないよね。そこからは、本当にひどい対応をされ続けて、正直とても嫌な思いをした。彼のあまりの豹変ぶりに、自分の見る目の無さを恥じるしかなかった。

「どうしても競合したいなら残念だけどいいよ、でもせめて人間として最低限、守秘義務ぐらいは守れ」と言って契約書を見せたら、「僕がそんなことをする必要はありません」と言われた。君は契約書を見てビビっていたようだが、君のために、どれだけ優しい条件になっていたかすらも、ビジネスを知らない君には知る由もないだろう。それでも僕が穏便に済ませてあげようと色々説得してみたところ、最終的には「問題なくサインします、契約書は送ります」といったまま、その後はメールへの返信すらない。まあ、ベンチャーの世界でアイディア盗む盗まないなんて大したことじゃないんだけど、契約書にサインするという確約をメールでもらっているのでそれで十分勝てるということで、投資家にはいつでも訴訟できるように準備を指示されてます。まあ、当たり前だし、彼も僕と競合関係になってかまわないと言い残してたしね。

ちなみに、最近彼は投資家からお金を集めて起業したみたいで、心配してくれている皆さんからものすごい勢いで僕のところに情報が来るからいろいろ筒抜けです。まあ内容はいいんだけど、どうも「会社設立にかける思い」まで僕の言葉を使っているようで、せめて会社のビジョンぐらいは自分の言葉で語って欲しかったよ。投資家や他のメンバーは君のビジョンを信じて、君にかけているんだから。

2013年9月末 JeffがCo-founderに勝手になった感じ

秘密プロジェクトは形式的には一旦終了するが、プロダクトに熱中してしまってどうしようもなくなり、ほかの仕事をしなくなってしまったメンバーなどが出てきたため、そういう「プロダクト感染者」は、なんかもう会社に入るしかあるまい的な感じになった。

その最たるメンバーがJeffだ。プロダクトのモックなどを見てはキラキラと目を輝かせているKellogg MBA卒の彼はもはや勝手にFounderになってしまった感じであった。僕はそういう「目」みたいな、嘘が絶対つけないやつをすごく信じているんだよね。

トップスクールのMBAぞろいだとむしろアホちゃうかと思われるのは嫌なんだけど、彼の人格やコミュニケーション能力の圧倒的高さは尋常ではなく、なんかもうお前とりあえずプロダクトやっとけと言わざるを得ない状況となった。

2013年10月 弁護士と契約

いろいろ人づてでトップクラスの弁護士たちと会っていた中、自然と二人の弁護士に絞られていった。

一人は、訴訟されまくっているUberというシリコンバレーのスタートアップの顧問をしているFenwickという事務所の弁護士。だから頼りになるかなと思っていたんだけど、色々聞いた上で結局WSGRのYokumに決めた。これは単純にフィットの問題で、僕もわりとファイナンスは知っているんだけど、ファウンダーの株式の種別や、資金調達の投資アセットの種類とかを迷っていて相談した結果、Yokumが詳しいファイナンス分野がうちにフィットしそうだったから、というだけなんですけど。

それから再び、Zipcarの元CEOや、General Motors OnStarの元CEOとかとボストンで色々議論する。

2013年10月 株式クラスなどを最終化して登記手続き

ここはちょっとファイナンスや法務の細かい話なんで読み飛ばしてもらっていいです。

ファウンダーの株式にはただのcommon stock、restricted stock、FF Sharesとかいろいろある。FF Sharesはちょっと小手先くさくてあんまり好きじゃないし、最近ダウントレンドなので一応スタンダードのrestricted stockにしといた。Commonのほうがファウンダーにはいいように見えて炎上する種になるからねえ。契約書については、基本は面倒だからClerkyというところが出してるrestricted stock purchase agreementのテンプレでいいんだけど、よく読むとdouble triggerのときにファウンダーの保護が弱いから自分で修正しといた。

おかげで、うちのCap Tableは最終的にはメチャクチャシンプルな形式になってます。Convertible Equityだけはまだあんまり使われてないけどそこはまあいいかなと。日本の恩師とかが投資家に入っているんだけど、Convertible Noteだと非米国滞在の人にWithholding taxかかるのが面倒っぽいというのもあるし、単にConvertible Noteは利子の計算面倒くさいわりに特に誰も求めてないわけですよ。

さて、登記です。アメリカで登記とか謎だらけなのですが、登記自体はそんなに面倒でもない感じです。LLCとかだとLegal Zoomとかそういうのを使うとよいですが、VCからの資金調達の可能性があるならC Corpになり、その場合はClerkyというサービスを使うとアホみたいに簡単に登記できます。全部で1000ドルぐらいかな。

基本的にはテンプレートに沿った法務書類作成サービスで、いくつかの情報を入れると勝手に書類を作ってくれるのでそれで終わりです。法務書類は一応全部読みましたが、後続の皆さまのためにお伝えしますとわりと見るだけ無駄です。

例えば、定款的なものとか、目次がズラーっと並んで、色々な詳細が書いてあるのですが、ぜーーーんぶ、「株主総会の時期:必要なときに適宜行う。株式総会の場所:必要な場所で行う。・・・適宜決める、適宜決める、適宜決める、適宜決める、適宜決める、適宜決める、とだけ延々と書いてあるという完全なる茶番劇となっております。これでいいのかよ!いいみたいです。

次回: 2013年11月 Y Combinatorに落ちる!

Drivemode設立経緯その1

これだけサポートしてくれる人たちがいる以上は、ステルスとはいえDrivemodeの一部である皆さんに何も言わないのは申し訳ないので、今日はDrivemodeの設立についてちょっと書いてみたいと思います。ちょっとっていうか、時系列でぜーんぶ書きます!

2012年末 モチベーション

1年ちょい前、ボストンの家でふつうに夕飯食べていた時のこと。

実はZipcarへの転職も考えていたのだが、色々事情がありまして(その事情で、その後もCEOとか僕が仲良くしてたマネジメントはみんな辞めたわけですが・・・)、Zipcarじゃないなら次の会社どうしようかな~、と僕が発言したところ、

奥さん「え?あなた、転職とか考えてるの?起業するものだとばっかり思ってた。なーんだ」との返事。

・・・その、驚きというか、ちょっとあなたにはがっかりしました的なニュアンスを受けて、「いや、なんか、すみません・・・」という気分になるわけですよ。男だしな!

まあ、世の中の多くの奥さんは本能的に安定重視だと思うわけだが、うちの奥さんの場合は僕に対して「あなたにはできる」というよくわからない前提がいつもあります。そして、「できるのになぜやらないのだ。家族が心配だと?失敗しても別に殺されないだろう。あなたらしく生きろ。」という一環した男らしいスタンスを貫きます。自分のことに関してはかなりスケールが小さいのですが、僕に対してはかなり大きなスケールを求めてきます。

「まわりにいる人をがっかりさせないこと」という小さいのか大きいのかわからない人生の目標を持つ僕としては、そういわれると弱いのである。起業しとくぅ?

この頃、親友が彼がやっている投資ファンドに入らないかという声をかけてくれていた。まあその、ハーバードの有名な教授が持っているファンドで、もうすぐすばらしいリターンが出ることがわかっておりまして。確かにズドーンと儲かることがわかっている以上は、お金の心配はいらなくなるんだけど、そもそもそうやって成功するのがなんか自分らしくない気もして、結局いかなかった。いけなかった。まあ、こういう生き方だからいつまでたってもお金ないんだけど(笑)

2013年2月 買った車にがっかりする

ご想像のとおりかもしれませんが、僕は何もしないというのが尋常ではなく苦手です。寝る瞬間、落ちるまでほぼ必ず何かしてる。そんな僕なので、ボストンにいるときは、いつも電車で通勤していた。電車なら移動中に仕事するとかブログ書くとかできるから。車は一台あったけど子供がいるから奥さんがメインで使用してるし。

その後、2013年のあたまにシリコンバレーに転勤しましたが、田舎なので基本的に車が無いと何もできません。なので二台目の車を買う必要があった。で、テクノロジー好きの僕としては中古の白いプリウスを買ってたくさん運転するようになった。

しかし!僕にとっては同じ道を同じように何も考えずにただ運転するということ自体が尋常ではなくヒマであり、苦痛以外の何モノでもない。そもそもそんなに車好きじゃないから運転してればハッピーとかは思わないし。3年落ちプリウスならきっとそこそこ楽しいテクノロジーが入っているかな?と思ったら普通にオフラインのカーナビ以上の事はできず。自分が車を作るならもうちょっと楽しくしたいなあ、と思った。

しばらくして、スマートフォンのカーナビを使うようになり、車内のカーナビはもはや使わなくなりました。だって無料で渋滞とかわかるし。なんかカーナビ付きのモデルにするのに20万とか払ったのに、もったいなかったなあ。この怒りはどうすればいいんだ!

2013年3月26日 HKを巻き込む

というわけで、「僕がむかつかない車とはどんなものか」という事をもっと考え始める。

そこそこネタはありました。車とスマートフォンをデータ通信させるテクノロジー系のビジネスモデルを考えましたが、結局そういう会社はバリュエーション$25Mぐらいまでしか育たないのでやらなかった(今はその僕がやらなかったモデルでスタートアップがちょこちょこ立ち上がっている)けど、それ以外も含めて技術や業界トレンドはわりと知ってはいたので、その辺をあわせて「僕がむかつかない普通のもの」について考え始めた。

で、テスラという電気自動車メーカーでモデルSという最新の人気モデルの立ち上げを担当したハーバードの後輩に相談に行ったら、工場見学をさせてくれて、その後タイ料理屋さんに行って、なんか面白いことやりたいという相談をしたら、「協力したい」と言われ、ちょこちょこ会うようになった。

HKはアメリカ人なんだけどご両親が普通の日本人なので日本語も完璧に話せるため、なんかハーバードの日本人の飲み会みたいなやつで会ったことがあった。ハーバードの前にも車系のエンジニアをしていて、ハーバードのMBA時代にテスラがまだ20人ぐらいしかいないときにインターンをして内定を取り、そのままModel Sの担当になっている。Elon Muskと一緒に工場立ち上げからコスト削減まで何でもやっているツワモノなのだけど、謙虚でクールなナイスガイである。しかし彼はマジの格闘家である。ボブ・サップに関節技を教えたら弱くなった、ボブは真面目だからすぐ試合で実践しようとするんだよね、手をぶんぶん回しているだけなのが一番いいのに・・・みたいな話が日常会話に出てくるなかなかのレベルの変人である。野球の話をすると、イチローの運転手を務めていたことが発覚するなど、かめばかむほど味が出る。

2013年5月6日 プロジェクト名(後の会社名)をDrivemode決めた

このあたりから、知り合いであったカーナビ会社の社長と良くごはんを食べるようになって、色々アドバイスをもらっていた。そんな中で、プロジェクト名をDrivemodeに決めて、もっと検討してみることに。また、僕は資金調達みたいなものはしていないのだが、それでも昔から信頼しているメンターの方々から、「君がなんかやるなら良くわかんないけどお金出す」といって頂けるようにもなってきたりして、なんだかプロジェクトが勝手に回り始めてきてしまった。僕はなんとなく「どうやったら面白くできるかな~」とランチがてら相談して回っていただけなのだが、「手伝いたい」「手伝いたい」といわれているうちに、僕が持っているちっちゃい雪玉がなんか勝手に雪だるま式に肥大化していき、「やるんでしょ?」という雰囲気が勝手に作られてきた。

2013年6月5日 Zipcar CEOとビジネスモデルを議論

とりあえず同窓会でボストンに行ったついでに、仲良しだったりZipcar CEOとビジネスモデルなどを議論してみたが、わりと盛り上がったので、なんかやってみるかという気がさらにしてきた。「アドバイザーにしてやるぞ」と言ったら「お前まだ会社も無いくせにふざけんな、もっとちゃんとやってから帰って来い」といわれ、「ふざけんなお前必ずアドバイザーにするからなこのやろう」と言い放ってしまう。

2013年6月18日 中河さんを巻き込む

知り合い経由でたまたま知り合ったミクシィの切れ者エンジニアである中河さんが僕のアイディアに対し「これこそが車の未来だ!」ということでプロジェクトに興味があるという話を聞いて、Skypeで最初のミーティングをしてみた。(事実上)中卒であるという事を聞いて、うん、ハーバードMBA二人ではアレなので中卒が必要だということで中河さんにも協力をお願いする事にした。というか車両整備士やってハードウェアやってスマートフォンのエンジニアでサーバーもわかるといわれたので、なんかよくわかんないけどお願いした。結論から言うと、中河さんをCo-founderに選んだことは最高の選択だったんですけど。

2013年6月25日 退職

ベンチャーキャピタルで取締役をしていた投資先のEXITを終えて取締役を辞任した。その時点で、もはやいつの間にか大きくなった雪だるまについて対処をしない理由が存在しなくなってしまい、とりあえず即日退職し、プロジェクトを一緒に検討してくれる仲間をブログで募集してみたら、あっという間に50人以上の皆さんからフルタイムやパートタイムで一緒にやりたいというご希望を頂き、あまりの数の多さに募集をすぐに締め切るという事態になった。しかも応募してきた皆さんのバックグラウンドは米国トップスクールの卒業生ばかりという謎の状況になりました。このブログ一発でCo-founder候補とアドバイザーがほぼそろう。

ただ、退職をノリノリで発表したその日の夜は、なんかあまりよく眠れなかった。広がる夢もある。支援してくれる多くの人がいる。背中を見てくれる人たちもちょっとはいる。でも、僕はどうなっちゃうんだろう?という、漠然とした不安があって。

次回:2013年7月 中河さんに会いに日本に行く に続く

タカラモノ

僕たちはたぶん世界一恵まれたスタートアップです。

毎日、誰かがくれたおかし、食事、飲み物をいただきながら、誰かがくれたオフィス機器でとても楽しく仕事をしています。Co-founder一同、いつもいつも、巨大なサンタさんであるみなさんに感謝しています。寄付していただいたもの、全てが僕たちの大切な宝物です。

Wantedlyという、「応援」してくれる人が多いほどランクが上がるという人材募集のサービスを使い始めました。900件以上ある人材募集で、一瞬でランク1位になっています。これも僕たちの力ではありません。これも、みなさんに頂いた僕たちの宝物です。

いつもいつも支援してくれる人に僕たちは感謝しています。ポッキー一本食べているときも、Co-founderに、「おい、お前それ食ったら、応援してくれているみんなのために成功しなきゃだめだぞ」と何度も言っています(笑)。

モノだけじゃなくて、仕事で応援してくれる人もいっぱいいます。ただでもいいから働きたいという人がたくさん。明日にも投資をしたいといってくれる大切な仲間もたくさん。

信じられないほどの多くの支援に囲まれて僕たちはたくさん勇気をもらっています。

ためしに助けてくれって言ってみたら尋常ではないレベルで助けてくれる人がたくさんいたという事がわかりました。それからというもの、奇跡的なことがいつものように起こっています。

いやまじで、もはや会社というのが何なのかわからなくなってくるレベルです。僕のことを助けている間にプロダクトに夢中になってしまって「こいつはもうダメだ、他の仕事はできない」というレベルで熱中してしまった重症患者がファウンダーになりました。ただ、僕がお金を払うといっても「お金はなんとかするからいらない」とか「えっもらえるんですか」という反応か、本当に受け取っていないか、になっておりまして、僕が「いやでも君は生活があるからちゃんと払わないと・・・」といってお金を払っているという謎の状態です。

夢と信頼が中心にある、ゆるくて広いネットワークが生まれて、アイディアが広がり、プロダクトが自然に生まれてきました。恐ろしく自然に組織が出来上がりました。そんな中、もはやどこまでがファウンダーなのか、どこまでが社員なのか、社員はおかしをタダでくれる会ったこともない人と本質的に何が違うのか、そういう違いに何の意味があるのかもよくわからないです。結局、楽しいお祭りのプロジェクトが会社になったことに何か重要な意味があるかというと、本質的にはそんなに違いは無い気がします。僕の中では、全員がDrivemodeというものを作っていて、いろんな役割があるだけな気がしています。

とりあえず僕たちはみなさんの支援を支えにがんばります。みなさん、今日もたくさんの応援、ありがとうございます!

というわけで、今回も宝物の発表です!


とよださん、おさらありがとうございます!
はまちゃん、丸ちゃん正麺ありがとね!
ほかむらさん、チキンラーメン届きました!
宇都宮さん、レッドブルとカレーありがとうございました。カレーも送ってくれてたんですね。大切に頂きます。
たなかさん、ポッキーありがとうございます。
ともださん、ジャスミン茶、おーいお茶、ラ王まで、本当にありがとうございます!外村さんの紹介でのご支援、感謝いたします!
おかきを送ってくれた人は相変わらず不明です。何も伝票がなくて・・・すみません!

渡辺千賀さん、おーいお茶とレッドブルありがとうございます!週7日、24時間働けと書いてありましたが、無理です!
ふくちゃん、ジャスミン茶ありがとね!支援してもらってうれしいよ。
平山さん、コーヒーありがとうございました!
菅原さん、バッテリーたくさんありがとうございます!こんなにいっぱいいただけるとはさすが上場企業CFO!
おおしまさん、ジャスミン茶ありがとうございます!
シャークさんもお茶ありがとうございました!これであのときの分は十分にお返しいただきました(笑)

さのさん、ラ王いただいてます!

いのいの、このうどん初めて食べたけどおいしいです!

あだちさん、このルンバカバー最高!思わずビデオとっちゃったよ。


 
W&N Tax Serviceのなかがわさんにいただいたルンバに装着するとこうなります 笑

これはギフトじゃないんですけどCo-founderのHKが買ってきたサンドバッグ。日本にいるCo-founderの中河さんがオフィスにいない寂しさを紛らわすために僕が顔写真を貼っておきました。

今日もドライブモードハウスは楽しい驚きいっぱいです!

みなさんありがとうございます!

※実はWishリストは一度閉じたのですが、ギフトを送りたいと言って頂ける皆様が後を絶たず、今日またここに公開します。もし気が向いたらご支援下さいね。


<ヘルプ求む!>Wantedlyで求人を開始してみました

Wantedlyというサービスで求人募集を開始してました!

どうやら「応援」というボタンをポチっとしてもらうのが重要らしいので、みなさんもしよかったらぜひ「応援」してください!一日一回できるそうです(笑)ので、本当はどうでもいいと思っていてもとりあえず押してみると楽しいかもしれません!

みんなの力で、すごいAndroidエンジニアが見つかるといいなあ!

Androidのネイティブアプリエンジニアをゆるぼ@東京



このブログはエンジニアに読まれているような気があまりしないのですが、万が一ってこともあるので、一般で募集をかける前にブログにこっそり乗せてみるテスト・・・。ちなみに勤務地とか給料とかそういう細かい事はよくわかりませんけどたぶん東京メインです。じゃあ東京にオフィスがあるのかというとまだ無いですが。いろいろケースバイケースで考えます。あとシリコンバレーのオフィス(=家?)に長期出張が入るんではないかと・・・。

Required Skills:

  1. オリジナルAndroid向けネイティブアプリケーションの開発とリリース経験(評価はしょぼくてもいいので、自分で作って出しちゃうタイプの人)
  2. GitHub等でアウトプットがある(コードが公開されているのが大事)
  3. Androidフレームワーク、特にUI・View Componentあたりに対する深い知識(すみませんちょっとハッキーなんで・・・)

  4. サーバサイドの開発&運用経験(ちゃんと大きな仕事ができる人)
  5. 英語(社内のコミュニケーションは基本英語なんで・・・)


Desired Skills:

5.  コンピュータサイエンスの知識に基づく応用力(なんか色々やるんで・・・)

6.  低レイヤのソフトウェア開発経験(ハードウェア強いとか素敵!)

別になくてもいいスキル: 日本語 (←なぜここで募集するんだと。)

書いていて何だこの無茶な募集要項はという気がしてきましたが、とりあえず夜も更けてきたので勢いで乗せてみよう!誰も来なかったらもうちょっとちゃんと考えますが、来ちゃったらそのまま募集終了してしまうのかもしれません・・・わかりません・・・。

とりあえず世界を股に掛ける海賊になりたいという不思議な方はここからご連絡ください。













スタートアップのオフィスを寄付で作ってみた

前回に引き続き、このブログにアクセスして頂いている皆さまからギフトとして色々なものをお送りいただきながら、シリコンバレーでアジトを作ってきましたが、あっという間にできました。

Amazon Wish Listにとりあえず乗せてみた大物がすごい勢いでリストから消えていく様はなんというかもう不思議な体験でありました。誰が何で寄付して頂けるのか全くわからないのがミソです!

自分で持ち出した物と、プラスチックの机とプラスチックの引き出し以外は、99%がもらい物です。

あまりに毎日のようにアマゾンからギフトが大量に届くので、UPS(宅配業者)のおじさんもあきれています

大量のギフトが毎日のように届いてきます。Co-founderいわく、「It’s Christmas everyday」だそうです。

ルンバが本当に来たぞみんな!!!お会いしたこともない明治大学の先輩である仲川さんより、「ブログの奥さんと不思議な豆すし太郎が面白かったから」というだけの理由で送っていただきました。人間、勝手に動く小さなものが可愛いと思ってしまうのは本能なのでしょうか?以前もらった正当派掃除機と組み合わせてオフィスの掃除はばっちりであります。仲川さんからは手紙の重さを量る計量器もお送りいただきました!

小野里さんにかっこいい湯沸かし器をお送りいただきました!

しーばさんから最新のScanSnapキタ~!!わっしょい。サクサクスキャンしてくれて気持ちいい~。最近の僕の仕事は連邦政府やカリフォルニア政府から送られてくる書類対応と契約書のやりとりばかりなのでスキャンがすぐできるのは非常に助かります。

小野里さんから寄付していただいたマッサージチェア!!!バリー・ボンズもわざわざ日本から輸入したというアメリカでは手に入らないモデルです。なんというオーバースペック 笑

みんな!使いにきたほうがいいぞ! 笑

安川さんからゲームがいっぱい入ったプレステ4をお借りしました。ゲーム好きの僕への挑戦状でしょうか。とりあえず画質すげえ~!

そのうち、別のドライビングゲーム開発されている方からドライビングシミュレータを譲っていただけると言ううわさですので最強コンビネーションになると思います。

というわけで、うちの福利厚生プログラムはマッサージチェアとプレステ4で成り立っています。

あと、株式会社イメージマジックさんのウェブサービスであるオリジナルプリントのクーポンを頂いたので、オリジナルプリントで会社のロゴ入りシャツ、マグカップ、クッションなどたくさん作ってしまいました!なので、ノベルティグッズも揃っています。京田さん、山川さん、ありがとうございます。みんなもオリジナルプリントでオリジナルグッズを作ろう!

アクセンチュア同期のまっきー、おーいお茶、ジャスミン茶、ポッキー、おかきなどたくさん送ってくれてありがとう!さすがだぜ!

野村さん、電池ありがとうございます!メッセージもうれしかったです!

石倉さん、お皿ありがとう!がんばります!

るこらさん、ミントありがとうございます!

まつしまさんもいちごポッキーありがとうございます!

ひとみさん、コーヒーありがとうございます!

 もりやまさん、ラ王ありがとうございます!こちらはその辺でうってるラーメンがおいしくないので助かります!

 ほかむらさん・ひらいわさんからのチキンラーメンも届きました!

 Yuzy、レッドブルありがとう!

 けいさん、おかきとポッキーありがとうございます!大人気!

 いのいの、カレーありがとう!カレーうどん作るよ。

 富木くん、ギフトカードをありがとう!

あと、配送業者のミスで差出人不明、オーダー番号も不明のおかきを頂いています。ありがとうございます!

※ ちなみに、まだ届いていないものもあると思います。特に日本から送っていただいたもの。

※ なお、届いているはずの場合は、運送業者の手違いがあっても、Amazonは僕には教えてくれません。配送日を過ぎているのに届いてなさそうなものがあったら教えてください!

というわけで、オフィスが本当に寄付でできてしまいました。しかも寄付していただいたのは、お会いしたことない人が大半という・・・。大丈夫なんでしょうかこれは?いや、乞食と言われようとなんだろうと僕は会社を支えるためなら何でもしますよハイ。

ご支援いただいた皆さん、ありがとうございます←政治家っぽい。政治家と違って皆さんに何もお返しできませんが、これだけたくさんの支えを受け、これからいろいろがんばりたいと思います!

何をがんばるのだ?とにかくだ!よーし!













【また他力本願】ブログでアジトを作りました

ボランティアもCo-founderもコンサルタントもブログ一発で調達できましたが、引き続き、オフィスも皆さまに作ってもらいましたのでお礼と共にご報告であります!

これがヤシの木が2本ニョキっと生えた我らのアジトだ!毎日晴れだ!真冬でも暖かいぞ!家賃は2,000ドル。

オフィスに入ると、はぐれメタル、ゴールドマン、1UPキノコ、リリースのだるまさんなどが出迎えてくれます。チュッパチャップスも寄付で頂いております。ありがとうございます。

ワーキングスペースです。見えている全てのものがほぼ全部、皆さんからの寄付や借り物。あとはあまったものの持ち出しばかり。買ったのは、プラスチックの机と、プラスチックの引き出しぐらいでしょうか。

僕の机。しばらくパイプいすを使っていましたが、アクセンチュア時代の先輩の松田さんが社長いすを買ってくれました、ヒャッホウ!!!ちなみに、かっこいいデスクライトもエンジェル投資家の功さんに新品を買って頂きました。ありがとうございます!

大活躍中の、$400の新品カラーレーザープリンタです!これはケンイチさんからの寄付して頂きました!ただ、実はギフトと一緒に頂いたメッセージが文字化けしていて「???????? by Kenichi」しか書いておらず、どこのケンイチさんだかわかりません!!! 自分の知り合いなのかそうじゃないのかすらわかりませんが、ケンイチさん、ありがとうございます!なんでこんなすごいものくれたんでしょうか!!!とりあえずプリンタ名はKenichiです!

ミーティングルームです。ここのテレビ・テレビ台は八木さんに寄付して頂きました。プリンタは海部さん/梅田さんに寄付して頂きました。これでミーティングやプレゼンもばっちりだ!いすやソファーはお借りした物です。机はやっぱりWalmartで買ったプラスチックの安物です。

出張に来ている人用に寝室が用意してあります。エアベッドですが一応低反発マットレスつき!あと、大きくて高級な作業机を海部さん/梅田さんに寄付して頂いています。ありがとうございます!ちなみに出張に来た人がシリコンバレーで生活できるように社用車らしきものもあります(持ち出し)。

普通の家を借りているので、普通の家のキッチンです。

キッチンの棚には、多くの皆さんから寄付で頂いたものがたくさん。レッドブル(関戸さん、ぽりーさん)、チキンラーメン(さかいさん、ひらいわさん)、辛ラーメン(しんさん)、コーヒー(まゆみさん、あみちゃん)、お~いお茶(ほかむらさん)を寄付して頂きました!ありがとうございました!

お風呂もあります。洗濯機・乾燥機は家の裏にあります。

ガレージはハードウェアラボとなっています。ここでは頂いた電池(by わかめちゃん、さかいさん)などが活躍中!ありがとうございます!

だいごさんにもらった掃除機もあるのでオフィスはきれい。ありがとうございます!

というわけで、こうして皆さんの力を借りて、かなりの低予算でわれらが秘密結社?のアジトを作ることができました。ファウンダー一同、心より感謝しております。

ちなみに・・・30歳まで日本でフツーにサラリーマンやってた自分がシリコンバレーでベンチャーを成功させようというのは、かなり難易度が高いという自覚があります。だからこそ冒険であり、だからこそ挑戦したいわけであり、だからこそ皆さんに助けてもらわなければまったくできないと思っています。だから僕は素直に周りに頼ることにしました。Amazon Wish Listでものを頼むのとか恥ずかしいとも思うんだけど、こういう弱い立場になったときは、僕は即座に白旗をあげて、素直に助けを求めまくることにしています。

先日、ラスベガスの出張から帰ってきて、夜中の2時にオフィスに戻ったら、たくさんのギフトの箱がメッセージと共に届いていた。箱をあけて、メッセージを読みながら、こんなに多くの支えてくれる人がいるんだって思ったら、百人力だと思ってじんわり来ました。支えてもらってじんわり来るのは、自分がこんなにも弱くなったと自分で認めている証拠だと思う。ほんとにもう、投資家やCo-founder、アドバイザー、起業家仲間の皆さんがいないと何もできなくなったから。その一方で、こうして支えてもらっている以上はそう簡単にはつぶれないぞと勇気も出てくるのだ。

もちろん、人に頼っておいてあっさり失敗したら恐ろしいと思うのもあります。投資家だったので、情熱だけではうまく行かない世界であることも知ってます。だから、もし失敗したときは、「ごめんなさい」って言うしかねえと割り切って、今は前を向いて

行こうと思います。引き続き、ご支援宜しくお願いいたします!









求む!オフィス家具・機器!

ベンチャー立ち上げの状況ですが、あいからわず会社があるような、ないような、謎の状況でがんばっております。

テスラというシリコンバレーの電気自動車のメーカーでモデルSという電気自動車を立ち上げたハーバードMBAの後輩(アメリカ人。採用理由:ボブサップに関節技を教えたらボブサップがむしろ弱くなったから)、KelloggのMBAを出たばかりのプロダクトマネージャー(アメリカ人。採用理由:日本語をちゃんと話せないのになぜかアントニオ猪木のファンだから)、エンジニア(日本人、採用理由:最終学歴が中卒だから)という、なかなか謎のチームになっています。

それにしても、自分でベンチャーの立ち上げをやってみると、ベンチャーキャピタリストなんてエラソーに色々言っても所詮起業家の気持ちを何もわかってなかったということがよくわかって反省の毎日であります。ぜひそのあたりもいつか気持ちを書いて行きたいと思っています。

ところで、僕の目標のひとつは日本の若き凄腕エンジニアを海外で成功させることです。やっぱりそのためには自由にシリコンバレーに自由に出張し、アメリカ人と共に英語で働き、シリコンバレーの会社を訪問し、ネットワークを広げ、ハッカソンなどで活躍するといった環境が必要ということで、気軽にシリコンバレーに出張できる環境を整えるべく、とりあえずオフィスとして家を借りました!


これが借りた家。ヤシの木と青い空、暖かい冬がシリコンバレーっぽいです。

ただ、家はがんばって借りましたが、それ以外の経費は極限まで削っておりまして、オフィス家具もオフィス機器も生活用品もほとんどまだありません

シリコンバレー在住の皆様、もし余っているオフィスで使えそうなものがあったら、ぜひ寄付またはお貸し頂けないでしょうか? m(_ _)m

<求む!!!リスト>

・デスク(あまり大きくないものでよいが同じ形だとベスト!)×4

・Full HD PCモニタ

・そこそこ高さがあるテレビ台

・ミーティングデスク(6人ぐらい座れるやつ)

・オフィス用のいす×4~10

・電話機・FAX・スキャナ・カラーレーザープリンタ

・トースター、掃除機

・無理だと思いますが50インチ程度のテレビと、

・車

全っ然無理かもしれないけど言うのはタダなのでお願いしてみます!!!か弱きベンチャーにご協力をよろしくお願いいたします。












旅立ち

またしばらくブログの更新が遅れてしまいました。前回、秘密プロジェクトでボランティアを募集してからの短い期間、めまぐるしい日々が続いています。

結局、ボランティアの応募があっという間に殺到してしまって、すぐに応募を締め切りました。上場企業の役員の方など、みなさんすごいバックグラウンドの方ばかりだったのですが、まだ大企業で実力を発揮するタイプの人にお願いするのは早かったり、そもそもあまりにも応募数が多すぎたりとかで、結局ボランティアなのにほとんど全員お断りさせていただかねばならず、申し訳ない限りです。ようやく全員に返信したと思いますが、メールアドレスがエラーで返事ができなかった方もおります。もし返事が来ていなかったらごめんなさい。

にしても、結局数日間ひっそりとブログで募集しただけで、すごいメンバーが集まってしまい、驚きました。結局、みなさんハーバード、スタンフォード、MIT、Kelloggあたりの出身で、勤務先はシリコンバレーのIT企業、トップデザインファーム、急成長中の自動車メーカーなど。役職はCEOやVP、プリンシパルなどが多いでしょうか。エンジニアのみなさんもすごすぎる・・・あんたら魔法使いかと。実力重視で日本人・アメリカ人とか気にしないでチームを組んだら公用語が英語になってしまい英語が苦手な日本人メンバーが死んでいますが面白いので放置してます。そんなすごい実力のみなさんが、いいものを作ろうとがんばっているんだから、きっとすごいものになるに違いない!

まだ勝負の土俵にすら立ってない僕たちがえらそうにいえる事はまだ何もないけど、「旗を立ててみて学んだこと」を3つ書いてみます。

  1. ひとりぼっちで、「何かやります」という旗を立てるというのは、いざ自分でやってみるとわりと怖い事です。やばい。惨めに倒れたらどうしようとかいくらでも心配することはあるし。僕はベンチャーキャピタルファンドで多くのすごい起業家たちと時間をともにしてきたけど、いざ自分でやってみると、孤独の中で巨大なビジネスを作り上げていったCEOたちのことを改めて尊敬する。僕もまだまだわかってないけど、いろいろ含めて起業家ってのは根性いるわ。
  2. けど、何かやりたいなら、旗を立てるしかない。立てないと誰も支えてくれない。
  3. 僕は旗を支えられるだろうかと心配していたが、それはそもそも間違った心配だった。夢がでかいほど、もとから一人の力ではぜんぜん支えられないのだ。僕ではなく、すごいチーム、すごい投資家といったみなさんが全体として支えられたときに安定して立つのだ。僕の役目は無理して旗を支えることではなかった。旗を立てて、まわりの人たちが勝手に支えたくなるような夢を描くことだった。

いやー、それにしても、フツーに日本で生まれて、大して勉強もできず、フツーの大学を出て、30歳までフツーに日本で過ごした日本人が、びみょーな英語で、世界一競争が激しいシリコンバレーでジネス立ち上げに挑戦するなんてのはもうコンプリートリー・サウンズ・無理ですな。でも、できそうなことをやったら冒険にならない。だから、常識的に考えて明らかに無理っぽい事からやってみようと思います。

さあ冒険の旅に出るぞ。