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経験が情熱を生む

前回の検索ワードの発表で、「やりたい仕事がない」という検索ワードがあまりにも多かったので、今日はそれに関する、ちょー当たり前っぽい話を書いてみたい。

結論から言うと、僕の意見では、「やりたいこと」なんてのは、考えたってポンとわいて出てくるものではなく、自分の行動を通じた経験から、たまたま生まれるものだと思う。だから、悩んでもムダだと思うし、そもそも悩みですらないと思う。

突然だけど、すごく好きな食べ物ってあるよね。例えば、一時間列に並んでも食べたいものとか。でも、食べたことが無いものに一時間ならぶ努力するなんて情熱、ふつうないよね。だけどひとたび食べて好きになってしまえば、並ぶ努力が苦でも乗り越えられてしまう。

感情に関わるものって、大体そんなものだと思う。そうした、自分自身の直接の経験から生まれる感情(喜び、怒り、悲しみ)こそが、情熱をドライブするのだ。そして、その情熱こそが、何かすごい事をやる上での馬力を生み出す根源だ。逆に言えば、経験を伴わない、「思考」や「他人からの情報」によって情熱は生まれない事が多い。あくまで自分の経験を通じて、ハートがズキューン!と動くことが大事なのだ。

例えば、すごい情熱で英語の勉強してる人は、「論理的必要性に駆られている」、というよりは、「何気なく行った海外で、自分のあまりの英語の出来なさが悲しかったとか、英語ができる連中との差が悔しかったとか、英語ができない為にバカを見た自分に腹が立ったとか、片言の英語で友情を育んだことが嬉しかった」という人が多いと思う。仕事でもそう・・・例えば途上国援助の仕事としよう。人は、コタツでテレビみてるとき、「次のニュースです。今年、どこどこの国は貧困により何人が餓死しました。いやー大変ですね。はい次のニュースです。」というのを見て、「何だとぉ!そんな事は許されねえ!よーし途上国の貧困を解決するために残りの人生かけるぞ、どんな苦難を乗り越えても俺はやり遂げる!」とは、ふつー、思わない(すごい想像力がない限り)。むしろ、ある貧乏な国を旅している中で、その場の空気を吸い、その場の現実を自分の五感で体験し、現地の人と笑い、現地の問題を一緒に悲しむ中で、「この国の人々の笑顔が俺は大好きだ。でもこの国が抱えている問題は本当に難しいし、それを解決できないのは悔しい!みんなのために、俺には何かができるはずだ!」みたいに思っているからやっている人のほうが多いだろう。

で、こういう例で何がいいたいかと言うと、

  • 「行動」せずして「経験」することはない。
  • 「経験」なくして「感情」は動かない。
  • 「感情」なくして「情熱」は生まれない。
  • 「情熱」なくして「継続的に何かを続けるモチベーション」は生まれない。
  • 「継続的に何かを続けるモチベーション」なくして、難しいことを実現することは難しい。

ということだ。

重要なポイントは、行動こそが、全ての出発点だということだ。後先考えずにいろんな行動をする人は、いろんなところで感情が動く経験をつんでいるため、いろんなことに情熱を持つことができる。裏を返せば、そもそも人間というのは、何も経験していないデフォルト(初期状態)では、モチベーションなんて、何に対してもぜんっぜん無いと思う。例えば、ゲームを一度もやったことも見たこともない子供が、プレステを買ったとしても、ロールプレイングゲームがやりたいのか、シューティングゲームがやりたいのかなんて、わからないだろう。同じように、一度も仕事をしたことがない学生が、医者になりたいのか、エンジニアになりたいのかなんて、わからないだろう。まして仕事をしたことがない学生が「やりたい仕事がわからない」なんてのは、僕には当たり前に思える。

なので、こういう相談を受けると、「すみませんプレステ3の本体を買ったんですけど、やりたいゲームがないんで困ってます」と言われてるように聞こえて、それ困ってないだろ!と思ってしまうのである。いいじゃん、別にやりたいことなんて無くても。やりたいことがないのは、困ってない証拠だよ。困ってるというのは、どうしてもやりたい事、やりたくない事がある人が、目的地に届いていない状態のことでしょう。そうやって苦しんでいる人の横で、「やりたいこと無いッス、困りました」と言われても、アドバイス不能です。目的地がない人は、目指さなきゃいけない場所自体が定まってない。右にいったらいいのか、左にいったらいいのかわからない。どっちがいいのかという情報を誰もくれない。だから、迷ってるだけだ。


しかし、人に聞いてもムダじゃないかな。右がいいのか、左がいいのか・・・つまり何に情熱を感じるかなんて、自分の心以外のどこにも書いてないんだから。自分でやってみて、好きなのがあるなら打ち込めばいいし、ないならないで誰も困らないし、適当にやっとけばいいじゃん。やりたい仕事がないなら仕事時間は「金のための我慢」と割り切ってプライベートを思い切り楽しめばいい。仕事は義務という意味で趣味のゲームとはちょっと違うにしても、どちらにせよ、「どうしてもやりたい事を見つけて選ばなければならない義務がある」もんじゃない。だから、「やりたいことがなきゃいけない」なんて事を悩む意味はあまりないと思う。(それでも悩む人が多いのは、大人になるまでは、親がモチベーションをくれていたからかもしれない。親が喜ぶことをすると自分も嬉しいとか、親の期待を裏切るのが恐ろしいとかも、立派な「経験を通じた感情」なんだけど、大人になったら自立しちゃうのでそのモチベーションは保てない。でも自立しきっているわけじゃないから、親以外の誰かに答を求めてしまうのだろうが、やっぱり人に聞くのはムダだと思う。)

一方で、引きこもって考えるのもやっぱり無駄でしょう。「経験」なくして「感情」は動かないと書いたが、感情に関するものは、戦略的に計画したり操作したりできない。どんな仕事が好きになるのかなんて、出会う前にはわからない。小学生が「僕は24歳で運命の人と出会い、26歳で結婚する計画です」といったらバカだと思うかもしれないが、これは、愛情を含め、感情の動きを事前に計画することは不可能だからでしょう。そこで無理やり戦略的に計画・操作すれば、後になってから、実はやりたくない事だったとか、実は結婚したくない人と結婚してたとかいうことに気付いて、苦しくなるかもしれない。

やりたいことが欲しいなら、「やりたいことがなければならない」なんて義務感を捨て、とにかく行動してみるしかないと思う。落ち着いた、自然な、素直な気持ちで、心をオープンにして、どんどん新しいことに挑戦しよう。いつかハートが動く経験と、偶然出会うまでは感情はピクリとも動かないと思う。でも、ひとたび出会ってしまえばハートはガーン!と打ちのめされて、いきなり勝手に目標が生まれてしまって、その目標を達成できていない状態が相対的に苦痛すぎて、そこから抜けるためにものすごいモチベーションが、自然と生まれるものだ。そう・・・それが恋・・・笑。そこに無理して戦略を持ち込もうとすると、目が曇るよ。焦りは、結論を早く与えてくれるかもしれないけど、大事なのは結論ではなくて、中身でしょう。

だから、ウェブ検索で答えを探そうとなんてしないでほしいんだよね・・・いやマジで。焦って、どこかに答えを探そうとする必要なんてないし、右に行ったらいいのか、左に行ったらいいのかわかんないなら、とりあえず行ってみて、自分のハートに聞いてみたらいいよ。すぐに答が出せなかったとしても、一番よくないのは立ち止まって考える事だと思うしね。

やりたいことがない、モチベーションが保てない。まあ、そんなもんだよね。それが全員の出発点だと思うよ。だからこそ、とりあえずパソコン閉じて、面白そうなこと、やってみようよ!その経験が情熱を生み出すならば、本当の悩みがそこから始まると思うよ。

動け!!!

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MBA受験 – エッセイカウンセラーの選び方

注: これは2008年とかに書いた古い記事です。今となっては、実績・評判ともに、江戸義塾のエド先生が国内でぶっちぎりトップであると思われます。 MBA(または大学院留学)のエッセイ・カウンセラーの選び方 MBAの受験に必要なもの は、TOEFL(英語)、GMAT(論理・読解・数学など)、GPA(大学の成績)、推薦状(普通2通、HBSやスタンフォードなどは3通)、そしてもっとも重要なのがエッセイである。なんで「最も」重要かというと、TOEFL/GMAT/GPAは「高いと合格が決まる」より「低いと不合格が決まる」という要素のほうが強く、最終的に自分を差別化するのはエッセイだからである。 エッセイとは、大学ごとに指定してくる各種質問に対し、決められた方法で答えていく小論文である。質問のパターンとして多いのは、「なぜMBAが必要なのか」「なぜうちの大学なのか」「あなたはどういう成功をしてきたか」「あなたにとって何が一番重要か」といったオーソドックスなものから、「あなたが経験した倫理的なジレンマと、その解決策を述べよ」とか「あなたは~のような状況に陥ったらどうするか」といったものまで、幅広い。こうした質問自体が、大学のカラーを出していることもある。 大学側は、こうした質問への回答から、「この出願者はうちの大学にフィットするか」「この出願者は頭が良いか」「この出願者は倫理観があるか」「この出願者は将来成功するか」「この出願者はユニークで、ほかの人にできないような事ができるか」といったいろいろな評価項目から、合否を決定するのだ。 エッセイはきわめて重要なので、プロのアドバイザーがいると非常に助かる。なぜなら、受験生一人で大学のカラーを分析するのは限度があるし、自分のゴールをクリアにするためのディスカッションパートナーがいるのはとても心強い。もちろん、英語ネイティブの観点から、的確・論理的・情熱的文章の構成を手伝ってもらうことも必要だろう。 エッセイカウンセラーは、たいてい時給2~3万円ぐらいが相場だ。しかも、複数の大学に出願するので、いろいろ相談している間に100万円ぐらい使うことも普通にある。もちろんこれはとても高い買い物なので、非常に慎重に決めなければならない。僕も、かなりいろいろなエッセイカウンセラーに会った。僕が考慮したポイントはいくつかある。 ■カウンセラー会社の過去の実績 vs. 価格 まず重要なのが、実績。エッセイカウンセリングの会社は山ほどあるが、トップスクール、たとえばHarvard Business Schoolへの合格者は全体で毎年10人強しかいないので、トップスクールへの合格者数というのは非常に重要である。しかし注意したいのは、信憑性。さ らに、多くの学生はエッセイカウンセラーを併用しており、カウンセラーたちは大体、少しでもエッセイ作成に関与すれば、全員「自分のところから受かった」 と言うだろう。さらに、商業主義の会社は、一回セミナーを聞きに来ただけというトップスクール合格者にも、「うちのおかげで受かったことにしてくれ」と話をすることがある(もちろん、セミナーの謝礼金を出す)為、予備校の話を鵜呑みにしないほうがいい。 現実的にハーバードやスタンフォードに合格させた実績で強いのはやはりインターフェース。しかし、インターフェースの場合、「受かりそうな学生を選んでいる」ということはある程度考慮しておいたほうがいいだろう。僕がインターフェースに行ったときは、「お前を入れてやるかどうかは俺が決める事だ。入りたかったら、どうして俺がお前を見なければならないか言ってみろ」と言われた。結局僕のことを見てもいいぞと言われたが、僕には合いそうもなかったし、頭金80万円ぐらいで、誰がエッセイカウンセラーかはお金を払うまで教えてくれないと言われたのでやめた。しかし、金額をかえりみずデバリエ氏に見てもらえる可能性にかけたいなら、見てもらうといいだろう。デバリエ氏の力は本物のようだ。 結局、実績があるカウンセラーは高いわけで、このバランスの中で、自分がどれだけ人に頼るべきかを見極める必要がある。また、まだ有名になっていないカウンセラーは狙い目である可能性もあるので、実績=実力ではないことも見極める必要がある。というのも、極論を言うと、英語がもとから完璧な場合、もとからトップスクールに受かる実力がある人のエッセイは強い。よって、カウンセラーによる修正がエッセイに与える影響はあまり大きくないし、いなくても合格する可能性も十分あると思う。しかし、トップスクールを目指して努力する人はエッセイの100万円ごときケチらない人が多い。むしろ保険のために高いお金を払うという側面があるので、実績を単純比較ることはそもそも難しいのだ。本質的に、どの程度のサービスにどの程度お金を出すべきかというのは、周りに流されずに判断したい。 ■カウンセリング方針1: 代筆 or 自筆に修正 or 単なる英語の修正 これは、ベースの文章を自分で書くかどうか。本来は違反なのだが、代筆をしてくれるエッセイカウンセラーは結構いる。非常に忙しい仕事をしている人の場合は金を積んで代筆を頼んだほうが圧倒的にエッセイを量産できるので、この可能性も考えたほうがいいかもしれない。しかし、代筆もいいことばかりではない。自分で書くと、思考が深まる。となると、面接時、予測していなかった質問が来ても、自分でちゃんと考えているので深みのある返答ができるようになるのだ。時間が許すなら自筆を修正してもらうスタイルをお勧めする。なお、単に英語の修正がいいなら、EssayEdgeを使おう。人によっては、内容に関しても的確なアドバイスをくれるが、そういう人はすぐに独立してしまうので誰がいいカウンセラーかは常に流動的。エッセイエッジ経験者間で情報網を駆使して、いい人がだれかを見つけ、その人を直接リクエストするようにするとお得だ。 この選択肢は、どれがいいという問題ではなく、どれが自分にフィットするか、である。 ■カウンセリング方針2: エッセイ内容における信念 エッセイカウンセラーによっては、「お前のしょうもないバックグランドでトップスクールに入るためには、お前は俺の言うことを聞け」といって、本来やりたくないような将来のゴールを勝手にでっちあげ、自分がやりもしなかったことをオーバーに言い切ってしまうようなカウンセラーもいる。確かに、結果が全てのビジネスなので、合格のためにはそれが正しいのかもしれない。しかし、「私はこんなふうにして世の中の役に立ちたいんです。だから、MBAでこんなことを勉強したいんです」と言ったとき、「ダメだ、つまらないな。それじゃ落ちるから、お前はこういうゴールにしておけ」と一蹴され、それでもあなたは人間として妥協できるか、というのは受験者の価値観次第である。もちろんカウンセラーと受験者のそれぞれがフレキシビリティをある程度もつ必要があるが、超えられない一線がどこで、このカウンセラーとうまくやっていけそうか、というのはある程度会話すればわかるだろう。 ■カウンセリング方針3: 無理が言えるか カウンセリング会社によっては、空き時間を最小化して予定を効率的に埋めるため、「時間枠」を売るタイプもある。これは怠け者の人がペースを維持するには良いのだが、アプリケーションの締め切り直前になって本当に助けてほしい時に、「時間外労働はできません」と言われたらけっこうつらい。 ■カウンセラー個人の能力1: 統合力 僕が考える統合力とは、「こんなことを書いているけど、本当はあなたがここで言いたいのはこういう事じゃない?」とか、「このエッセイでこのことを言うなら、別のエッセイでこういうバランスを取ろう」という、エッセイ単体ではなく、アプリケーション全体でストーリーを描き、本質的なフィードバックをする能力。これは、特に初期に自分のエッセイスタイルが確立していないころに助かるタイプのフィードバックだ。全体のデザインがきれいに練れないひとは、統合力が強い人と一緒にやるのは必須。 ■カウンセラー個人の能力2: 論理的思考能力 論理的思考能力とは、文章を見て、説得力があるか、あいまいなロジックがないかを見極める力である。自分で書いていると、気づくと自分は内容がわかっているのでロジックを省略してしまうことがある。こうなると、わかりにくい文章になってしまい、評価が下がってしまう。このようにロジックが甘い場合、鋭い指摘をしてくれると、エッセイの完成度が高まるので、非常に助かる。 ■カウンセラー個人の能力3: クリエイティビティ クリエイティビティとは、難しい質問にどう回答するか行き詰った時に面白いアイディアを出してくれたり、同じようなことを言うにも斬新なアイディアを提示してくれたり(たとえば、突拍子もない始まり方で相手の注意を引いておいて、驚きの展開に持っていくというような工夫ができる)する能力。さらに言うと話が詰まったとき「ちょっと考えてからまた連絡する」と言ってアイディア出しにコミットしてくれるという姿勢も含めて、頼りになると心強い。特に、大学ごとにWhy MBAをカスタマイズしたり、ほかの人には楽でも自分にとっては難題のエッセイにぶつかったりすることはよくあることなので、こうした状況を打破するためのパートナーがいることは、とても心強い。アイディア出しが自分でできる人にはあまり必要ない能力だ。 ■カウンセラー個人の能力4: 解決策提示力 カウンセラーのフィードバックスタイルとして、「ここがおかしい」という問題指摘型フィードバックと、「ここはこうすべき」という解決策提示型フィードバックとの二つがある。実際には、問題を指摘してもらって自分ですぐに答えが出るという場合は、できるだけ自分でなんとかしたほうが、自分らしいエッセイになるので良いと言える。一方で、問題はわかっているが解決策がわからないときもある。そういうときに「ここがおかしい」とだけ言われると、「わかってるよ!」となって行き詰ってしまうので、必要なときは「ここはこうすべき」と言い切ってくれるのも必要だ。エッセイを一人で書いていて、詰まることが多い人には必須の能力。 ■カウンセラー個人の能力5: 経験・知識 大学院には、それぞれのカラーがある上、受験生が受ける大学院は星の数ほどあるわけだ。こうした違いを踏まえて、「この大学にはこういうエッセイを書いたほうがいい」と言うためには、経験に裏打ちされた知識が必要だ。経験の浅いカウンセラーは、「ここはGMATの点が低くても入れるから受けろ」というレベルのアドバイスしかできない場合もある。また、自分がカウンセリングした学生が過去に入った大学院に対し「おまえはここが向いている」と言う(実際には、カウンセラーのエッセイスタイルが合っている大学院なのでそこを受けてほしい)という場合もあるだろう。学生の多様なゴールと、多様なカラーを持つ大学院のマッチングを見るのは楽なことではないので、実績もないのに「大学ごとのカラーに合わせたエッセイが書けます」と容易に言ってしまうカウンセラーを信用しないほうがいいだろう。 ■カウンセラーの人格 エッセイを書く、というのは、人生で重要だと思っていることを文章に落としていくと言う、きわめてセンシティブで、精神的な作業である。この作業の中から自分の価値観が見えてきたり、将来が決まったりもする事もあるため、軽い気持ちでやる類のものではない。よって、エッセイカウンセラーは、人生のカウンセラーという側面もあるのではないかと思う。こうしたことを、人間として信頼できる人に頼む事はとてもメリットがあることだと思う。逆に、人格が合わない人とやるのであれば、受かればそれでいいという割り切りが大事だろう。僕は、受験生は結構精神的プレッシャーの中で追い込まれているので、調子がいい時だけではなく、時には落ち込んだりする中でも、自分を理解してくれて、共に歩いてくれる信頼できる人を選ぶことをお勧めする。 —— こんな感じだろうか。ここまで読んでいただけたらわかると思うが、どのエッセイカウンセラーがいいかというのは一概に言えない。なぜかというと、どのエッセイカウンセラーがいいかは、 ・カウンセリング会社の方針が、あなたの方針にフィットしているか ・あなたの弱みが、カウンセラーの強みか(あなたが強いところが強くても意味がない) […]

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かきもの

ここでは以前書いた日記をピックアップしています。 僕のお気に入り すし太郎 奥さんと不思議な豆 こころといのち、生きるということ 鬱病による自殺が減りますように。 (長文) 君が生きていたということ Betsyの話 バレなければ良いという生き方 人間の価値は平均とのずれから生まれる 幸せのキャパシティ Willingness to lose キャリア全般 ドラクエ人生論 搾取されないためには選択肢を増やすしかない 会社の幸せと個人の幸せ 無責任なアドバイス レールを敷く人 失敗のプロ 学生~キャリア初期の方向け 学生にはスキルを 安定した仕事 自分が一生やりたい仕事 それ本当にやりたいの? 経験が情熱を生む 人生のスケールを学歴に合わせてはいけない キャリアプランなどない。 失敗だらけのアメリカ就職体験記: アメリカでの就職の話 (1): 内定辞退 アメリカでの就職の話 (2):金融危機 アメリカでの就職の話 (3): レイオフ アメリカでの就職の話 (4): ついに家も失った アメリカでの就職の話 (5): 転職 アメリカでの就職の話 (6): The Mind of Entrepreneur 留学・英語・国際文化: MBAとはどういう教育なのか  他 MBA受験 セクションへ […]

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【また他力本願】ブログでアジトを作りました

ボランティアもCo-founderもコンサルタントもブログ一発で調達できましたが、引き続き、オフィスも皆さまに作ってもらいましたのでお礼と共にご報告であります!

これがヤシの木が2本ニョキっと生えた我らのアジトだ!毎日晴れだ!真冬でも暖かいぞ!家賃は2,000ドル。

オフィスに入ると、はぐれメタル、ゴールドマン、1UPキノコ、リリースのだるまさんなどが出迎えてくれます。チュッパチャップスも寄付で頂いております。ありがとうございます。

ワーキングスペースです。見えている全てのものがほぼ全部、皆さんからの寄付や借り物。あとはあまったものの持ち出しばかり。買ったのは、プラスチックの机と、プラスチックの引き出しぐらいでしょうか。

僕の机。しばらくパイプいすを使っていましたが、アクセンチュア時代の先輩の松田さんが社長いすを買ってくれました、ヒャッホウ!!!ちなみに、かっこいいデスクライトもエンジェル投資家の功さんに新品を買って頂きました。ありがとうございます!

大活躍中の、$400の新品カラーレーザープリンタです!これはケンイチさんからの寄付して頂きました!ただ、実はギフトと一緒に頂いたメッセージが文字化けしていて「???????? by Kenichi」しか書いておらず、どこのケンイチさんだかわかりません!!! 自分の知り合いなのかそうじゃないのかすらわかりませんが、ケンイチさん、ありがとうございます!なんでこんなすごいものくれたんでしょうか!!!とりあえずプリンタ名はKenichiです!

ミーティングルームです。ここのテレビ・テレビ台は八木さんに寄付して頂きました。プリンタは海部さん/梅田さんに寄付して頂きました。これでミーティングやプレゼンもばっちりだ!いすやソファーはお借りした物です。机はやっぱりWalmartで買ったプラスチックの安物です。

出張に来ている人用に寝室が用意してあります。エアベッドですが一応低反発マットレスつき!あと、大きくて高級な作業机を海部さん/梅田さんに寄付して頂いています。ありがとうございます!ちなみに出張に来た人がシリコンバレーで生活できるように社用車らしきものもあります(持ち出し)。

普通の家を借りているので、普通の家のキッチンです。

キッチンの棚には、多くの皆さんから寄付で頂いたものがたくさん。レッドブル(関戸さん、ぽりーさん)、チキンラーメン(さかいさん、ひらいわさん)、辛ラーメン(しんさん)、コーヒー(まゆみさん、あみちゃん)、お~いお茶(ほかむらさん)を寄付して頂きました!ありがとうございました!

お風呂もあります。洗濯機・乾燥機は家の裏にあります。

ガレージはハードウェアラボとなっています。ここでは頂いた電池(by わかめちゃん、さかいさん)などが活躍中!ありがとうございます!

だいごさんにもらった掃除機もあるのでオフィスはきれい。ありがとうございます!

というわけで、こうして皆さんの力を借りて、かなりの低予算でわれらが秘密結社?のアジトを作ることができました。ファウンダー一同、心より感謝しております。

ちなみに・・・30歳まで日本でフツーにサラリーマンやってた自分がシリコンバレーでベンチャーを成功させようというのは、かなり難易度が高いという自覚があります。だからこそ冒険であり、だからこそ挑戦したいわけであり、だからこそ皆さんに助けてもらわなければまったくできないと思っています。だから僕は素直に周りに頼ることにしました。Amazon Wish Listでものを頼むのとか恥ずかしいとも思うんだけど、こういう弱い立場になったときは、僕は即座に白旗をあげて、素直に助けを求めまくることにしています。

先日、ラスベガスの出張から帰ってきて、夜中の2時にオフィスに戻ったら、たくさんのギフトの箱がメッセージと共に届いていた。箱をあけて、メッセージを読みながら、こんなに多くの支えてくれる人がいるんだって思ったら、百人力だと思ってじんわり来ました。支えてもらってじんわり来るのは、自分がこんなにも弱くなったと自分で認めている証拠だと思う。ほんとにもう、投資家やCo-founder、アドバイザー、起業家仲間の皆さんがいないと何もできなくなったから。その一方で、こうして支えてもらっている以上はそう簡単にはつぶれないぞと勇気も出てくるのだ。

もちろん、人に頼っておいてあっさり失敗したら恐ろしいと思うのもあります。投資家だったので、情熱だけではうまく行かない世界であることも知ってます。だから、もし失敗したときは、「ごめんなさい」って言うしかねえと割り切って、今は前を向いて行こうと思います。引き続き、ご支援宜しくお願いいたします!

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それ本当にやりたいの?

「こういう仕事がやりたいのだが、どうすればよいか」というアドバイスを求められた時、やりたいと言っている事に関して行動が伴っていない人が多い。そしてこういう人の特徴は、「今やっていることがやりたくない」ということだ。本当は「これがやりたい」ではなく「これならやりたくなくないかもしれない」という希望なのだと思う。でも「やりたい仕事」がどんな仕事なのかという現実に興味があるわけではないので、行動は伴わない。

これはとても怖い事だと思うから、ちょっと書いてみる。

あくまで例だが、「どうしても保母さんになりたい」といっていた人が、保母さんになって1年後に「やっぱり保母さんなんて全然やりたくなかった、実はエジプトで考古学者をやりたいと思っているが、アドバイスが欲しい」と言ってきたら、あなたはどう思うだろうか?「あまりに違う選択肢だけど、本当かな」とは思うだろうか?僕は、その時点では「本人の中ではつながっているのかもしれないし、実際にやりたいのかも」と思うけど、もし実は本人がそれをやりたくない場合はアドバイスする事自体が無意味なので、一応本当なのか確認することにしている。

こういうとき、「なぜエジプトで考古学者なのか」を聞いても無駄なので「エジプトの考古学に関し、具体的に何をした事があるのか」を聞く。つまり、こういう事を聞いてみる。「今、仲の良いエジプトの考古学者はどれぐらいいて、彼らとどれぐらい会っているのか。考古学じゃなくても、海外で研究する人たちとどんな交流をしているのか。今は考古学者でなくとも、過去にどれぐらい自分で自発的に考古学を研究したり勉強会やセミナーに参加したりしたのか。というかせめて言語は大丈夫なのか。というかエジプトに行ったことぐらいはあるのか。というかせめて海外に行った事はあるのか。」など。そして多くの場合で、そんなに大きな方針転換の話をしているのに、直接的にも間接的にも、動いた形跡が無かったりするのだ。

そもそも、「何かがやりたい」と話をされた時に、「なぜやりたいのか」なんてことは、いくらでも自己洗脳してでっちあげることはできるので聞くだけ無駄だと思う。一方で、「関連することで、実際過去に何をしたのか」はでっちあげることはできない。そして、「どうしてもやりたいけど実際に関係することに努力をしたことはほとんどありません、でもどうしてもやりたいんです」なんてことはどう考えても不自然なのだ。「経験が情熱を生む」でも書いたが、やった事が無い事に情熱なんてフツー生まれないし、そんな話は「この食べ物が大好きなのでどうしても食べたいんです、食べたこと無いけどネ!」というのと同じぐらいヘンだ。

にも関わらず、なんで多大な努力が求められるような目標を立てるような覚悟が生まれるのだろう?その情熱はどこから来るのだろう?それは、今やってることが半端ではなく嫌だというネガティブな情熱があるからじゃないだろうか。だから、「ぜんぜんやったことがない、よくわからないものであれば、嫌ではないかもしれない」という逃避のための希望を見出そうとしてしまう。そして行動が伴っていないのは、「やりたい」はずの事に対して、大して情熱も興味もない証拠である。

しかしこういう形で意思決定するのは不幸になっていくリスクがとても高い。嫌なことから逃避はできるかもしれないが、そもそも「半端ではなく嫌なことを、やりたいことだと勘違いした」という前科があるのだから、次も同様に半端ではなく嫌になるかもしれない。半端ではなく嫌なことをして生きていくのはつらい。

「自分が一生やりたい仕事」でも同じようなことを書いたけど、やりたいことなんて、わからない人にはなかなかわからない。だからお勧めなのは、よくわからないなら壮大な目標を立てないことだと思う。なぜなら、「それがやりたいかどうか」を検証するのにかかる時間が長くなるので、やりたくなかったときに人生の無駄が痛いからだ。例えば千里の道の3歩目ぐらいで嫌になるならば大して千里も進みたいと思ってないのだと思うし、嫌なのに五百里ぐらいまで無理して進むから半端ではなく嫌になるのだと思うし、それで10年かけて千里進んでやっぱり死ぬほど嫌だったでは目も当てられないわけで・・・。

だから、まずそれよりもっと小さい目標を立てて、色々な経験をつみながら軌道修正していって、本当に情熱が沸くものがあればポジティブな情熱を投入するほうが、とても自然な生き方だと思うよ。「会社の幸せと個人の幸せ」で、転職するのは自然と書いたけれども、ネガティブな情熱で安易に転職していいという意味には捉えないで欲しいというのもあって、今回はこのお話を書いてみました。

どうでもいいけど、昔の記事にいくつかリンクすると、なんか過去の資産で食ってるみたいでなんかイケテナイ気分になります(そして一円も食えてはいない 笑)。

さらにおまけ: 以前、「MBAの志望動機に嘘を書いて、面白くしたほうが合格しやすいか」という質問を受けた。正直な質問ですばらしい。ただ、人の話を聞きなれている人というのは、「あんた本当はそれやりたくないでしょ」というのを簡単に見抜ける気がする。「やりたい」という嘘は、これまで書いた様に本人が意識していなくても、意識して嘘を隠そうとしても、過去の行動を聞けばすぐばれると思うよ。僕もよく仕事柄、MBAの学生とかから「アメリカのベンチャーキャピタルで働きたいんです!」とか言われる。過去にやってきたことを聞くと、それが嘘なのは正直わかってしまう。(本当は日本でインターンしたくないからアメリカで何でもいいからやりたいんです、と最初から言ってくれれば、もっといいアドバイスできるのにな・・・)と悲しく思いつつ、先方も僕に「すみません嘘でした」とははっきり言えないだろうから、やんわりと話を本人のためになる方向に持っていく努力をするんだけど、まあ、こちらもさすがにかなり慣れているので、わかってます。

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クレイトン・クリステンセン教授にベイビーシッターをお願いしてみた

今日はクリステンセン教授の家に家族で行ってきた。

クリステンセン家は子沢山なので、家にはおもちゃもいっぱい。ちぇん太は車のおもちゃに大喜びだ。友人であり長男のMattの子供も同じような年なので、楽しく一緒に遊んでいた。

マットが「ベイビーシッターを家族にお願いしているので一緒にディナーに行こう」という話だったのだが、クレイトン・クリステンセン教授と奥さんがベイビーシッターをしてくれるという。なんというオーバースペック(笑)

というわけで、お言葉に甘えてちぇん太をクリステンセン教授に預けて僕らはハーバードスクエアへ。

メキシカンレストランであるBorder Cafeでちぇん太なしでディナー。

ちぇん太はいつもおとなしいので一緒にいて困らないのだが、ごはんを食べさせながらでは話には集中できないので、ちぇん太なしでのディナーはとても楽しかった。ボストンでちぇん太なしで外食なんて、たぶん初めて。のんびりと話をできて楽しかったけど、結局話しは子供がいなくても子供ネタばっかりだったりして。

面白かった話は、マットは大学生時代に12000キロカロリーを毎日摂取していたという話。そもそも2メートルを余裕で超えているのででかいのだが、それにして、一食でピザをまるごと二枚食べた上にブリトーを二本食べ、かつサンドイッチを食べるとかしていたらしい・・・。毎日3食、6人分食べてんだから尋常ではない量。しかし体脂肪率は6%とかだったというから、完全に筋肉の塊だ。さすがバスケットボールのNCAAチャンピオンの肉体・・・。

しかしアメリカにはいろんな人がおるのう・・・。僕が町一番の不良でもマットに喧嘩を売ったら殺されるだろう。

さらにその後、近くのL.A. Burdick Chocolateで濃厚なホットチョコレートを飲む。ここのほっとチョコレートは本当に濃厚でございます。

ちなみに写真はウェブサイトから。実物は現在、雪まみれ。

そういうわけで、楽しい週末だった。

クリステンセン先生の癌の状態は、一時期よりはずいぶん良いらしい。しかし、キモセラピーの副作用であごの骨が溶けて歯が落ちており、現在インプラントを進めているとのことだが、最近までまともに話ができなかったらしい。今日も小さい声で話している程度だった。これで来学期も授業をやるというのだから、すごい情熱だ。

クリステンセン先生の家に戻ったら、教授はちぇん太がとても良い子にしていたと優しくほめてくれたのでした。

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コメント返信シリーズ 3 (優秀な人はどんどん国外に去る)

シンガポールの証券会社のTakeさんとのやりとり(あしあと帳より)

日本はフェアではない・・・こういった不公平に疑問を感じている世代の海外流出のトレンドはもう止まらないし、もはや不可逆です。既に社会の動きに敏感な人からこうして日本を去っていくことでしょう。

なお、こうした海外に出る人たちを責める気持ちもわかりますが、「自分は日本にいるのだから日本を愛していて日本に貢献している」というのはおかしいと思います。税金の支払いは少ないかもしれませんが、国家サービスだって受けていないのだから、場所は関係ありません。「自分は日本の為に○○をしているが、お前は日本の為に○○しかしていないので、俺はお前より貢献している」というのであれば気持ちはよくわかります。もし日本のためにお互いががんばろうとしているなら、海外に出たからといって色々いうのはどうかと思います。僕だって、お金にもならないのに日本貿易振興機構、外務省、領事館などの方といつも連絡を取り合って、日本をどうやって良くするかという話や提案をできるだけしようと思ってやってきていますし、他の多くの日本人だってがんばっているのですから、海外に出るという人をまとめて裏切り者扱いするのはやめましょう。

また、子供の世代まで考えると、自分が日本を愛していたとしても、日本を捨てるのは普通の家族愛だと思いますし、日本人だって故郷の村や町を離れるのだから、合理的な引越しをもって憎みあうのは辞めて欲しいと思います。

僕には、こうした優秀な人が海外に流出するのが本当にいいことなのか、わるいことなのか、まだよくわからない・・・ただ、あなたに情熱があるなら、海外に流出する事は以外と可能であり、その選択肢が合理的かは、みんながもっとよく考えるべきことです。

古賀様、

初めてコメントを寄せさせていただきます。

いつも楽しく「愛の日記」を拝見させていただいております。全くの赤の他人様にコメントを寄せる事が初めてなのもので何を書いていいのかわかりませんが、ご一読いただければ幸いです。

私は、現在MBA受験を検討しており、いろいろと調べている過程で当HPに出会う事ができました。日本のあり方、海外からみる日本の姿に対する古賀様のご意見にいつも「そうだ。そうだ」と勝手に相槌を打ちながら拝読しております。そして、海外で奮闘されている古賀様の姿にいつも勇気付けられています。古賀さんの記事はすべて読ませていただきました。男性からで気持ち悪いでしょうが、ファンの一人です。

私は証券会社の営業畑で8年ほど勤務しています。海外経験としては昨年の12月までの2年間、シンガポールに勤務しており、隣国のインドネシアの華僑富裕層を相手にビジネスをしておりました。昨年末に帰国して、現在は日本の上場企業オーナーに対して運用提案等を行っています。いったん外から母国日本をた後に、帰国後の毎日の生活・仕事で感じるのは、「本当に日本はこのままではまずい」ということです。顧客である日本の上場法人のオーナーと会話をしていても、同等の危機感をお持ちであることを感じます。個人的には、日本の最大の問題点は「フェアネス」がかけている点だと思います。以前滞在していたシンガポールは、資源が何もない小国(日本と一緒)ですが、公平な税制、海外への門戸を開く雇用制度や国民が安心感を持てる年金制度が、世界中から資金、資産を呼び込む土台となっていました。マチュアなステージに立った日本がとるべき施策は、海外から「日本に投資をしたい。資産をおきたい」とアトラクトできるフェアなシステムの導入が必要と思うのですが、現在政府が向かおうとしている所は、それの真逆で「保護主義、社会民主主義」になりつつあることに危機感を感じております。日本を愛する一国民として、残念ではありますが「早めに国外脱出して、そこで日本のためになる事をしよう」と考えています。

勝手な意見ばかり書いて恐縮です。古賀さんの以前の記事で「愛の日記の方向性」を危惧することが書いておられましたが、ぜひ今後も数々のご意見、情報をご提供頂ければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

わ~こういうコメント嬉しいですよ。初めてコメントしてもらったなんてこんなすばらしいほめ言葉はないです。

シンガポールのお話、よくわかります。シンガポールは数少ないストラテジストが政治をしている国だと思いますのでフェアなシステム含め日本はもっとシンガポールから勉強したほうがいいと思います。一方、日本には製造業などの付加価値を生み出す産業が多くあるし、本当の意味での体力はシンガポールよりはるかに高いので、戦略さえあればいけるはず・・・。

しかし、Takeさんの話を聞いても、日本の危機を肌で感じられる優秀でセンシティブな人(likeyou)から順に日本を出て行くというこのトレンドは、すでに上から順に始まっているのを感じます。今は全く顕著ではないだけで誰も気にしていないと思いますが、「となりの田中さんのぼっちゃん、東大をやめて海外にいくことにしたんだって!最近よく聞くわよね~そういう話。優秀な人はみんなでてっちゃうのかしら?」と、奥様たちが井戸端会議をする日が来るでしょうね。

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Boston Celtics NBA Finals

はろー、みなさん。

現在、友達と会ったりしながら、最後のボストンライフを楽しんでおります。

ボストンはとても寒くて大変だったけど、こうして夏を迎えてみると、本当によい町だと思う。町並みもヨーロッパ調できれいだし。暑くないし、いまのところ。そして、スポーツが強い!あと、今このタイミングでボストンにいることができたことは、とてもラッキーだったと思う。今までボストンという町は日本ではそんなに有名ではなかったと思うけど、Red Soxに松坂が来て、しかも優勝した。ゲームを見に行ったら、シーズン優勝の瞬間もたまたま見ることができてラッキーだった。

しかし、僕がすきなのはバスケットボール。そんな中、最近の楽しみはNBA(アメリカのバスケットボールリーグ)のボストン・セルティックスのゲームを見ることだった。いつもは日本で見ていたけど、さすがに本場のアメリカだと、NBAの番組もいっぱい見ることができてとても楽しい。

ボストン・セルティックスは優勝回数最多の非常に伝統あるチームなのだが、1986年以降、一度も優勝していなかった。僕としては地元セルティックスにがんばってほしいと思っていたのだが、去年セルティックスのゲームを見に行ったときは、ポール・ピアスというスタープレイヤーが一人で奮闘していたものの、30チーム中最下位という悲しいチームであった。

ところが、去年の夏に、スリーポイントシューターのレイ・アレンと、高身長のフォワードケビン・ガーネットの二人をトレードで入手し、セルティックスは一気にリーグトップに躍り出た。アレンもガーネットも優れたプレイヤーでありながらチームメイトに恵まれず、優勝には遠かった。

がんばってきたけど、これまで報われなかった3人が集まったチームだっただけに、すばらしいチームワークと情熱で、ついにプレイオフのファイナルにまで突き進んだのだ!僕としても、10年も地道にボストンでがんばってきたポール・ピアスにはどうしても優勝してほしかった。

ファイナル第6戦。ロサンゼルスの第5戦には負けたが、コービー・ブライアント率いるレイカーズを3-2でリードし優勝に大手がかかっている状態で、ここボストンでのホームゲームだ。

これがコービー。 photo by nba.com

以前、チケットを買いに並んだものの、どうしても手に入らず・・・。しょうがないので、これまたCraigslistでチケットを2枚調達!高かったけどどうしても見たかった。そして、奥さんと一緒に見に行った。


セルティックス選手紹介で、ポール・ピアス登場。 photo by nba.com

せっかくチケットを手に入れたのに負けたらどうしようかと心配していたが、ボストンは打つシュートの全てが入るという感じで、僕たち観客は大盛り上がり!

レイ・アレンのスリーポイントは半端ではなかった。9本中7本成功。 photo by nba.com

ケビン・ガーネットも26点の大活躍。 photo by nba.com

ファイナルでは調子が悪かったポイントガードのロンドも今日は大活躍。 photo by nba.com

勝利を確信するピアス。 photo by nba.com

ここまで強いと応援していて楽しい・・・10点差、20点差、30点差、40点差とどんどん差がついていく。結果はNBAの歴史に残る大勝の39点差でボコボコにレイカーズを叩き潰し、優勝してくれました。


22年ぶりのボストンの優勝! photo by nba.com

本当に、楽しかった!

photo by うちのデジカメ

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Day 7 – LAに向けて出発

午前中は、数日前に話したMy Digital LifeのSさんの紹介で、同社のCEOと話をすることになった。どうも、テクノロジー系のプロダクトマネジメントとマーケティングができる人が近いうちに必要になるとうことで、お会いさせて頂く事になった。再びビジネスモデルの話になったが、今日も面白かった!

そして、午後はNeuroskyのO田さんのご紹介で、平木さんという方がやっていらっしゃる環境ビジネスのお話を伺うことに。

これは、有機廃棄物のリサイクルビジネス。僕も以前、コンサルタントをする傍らでグリーンエナジーベンチャーの立ち上げに参加していたので、なじみのある領域ではある。この話も、とても面白かった。平木さんはこのビジネスの立ち上げにすごく情熱をもっていらして、ずっと長いことがんばっていらっしゃるとのこと。限られた情報をもとにすると、技術的にはスジがいいし、ゴールにも共感できる。平木さんの情熱にも感銘を受けた。ただ、Fund raisingに相当苦労されている模様。やはり技術者の方なので投資家の視点でプレゼンのが難しいということと、英語が苦手ということで全ての情報が日本語しかないこと。どなたか環境ビジネスの立ち上げを手伝ってもいいという人は平木さんにつなげるので、ご一報を!

と、いうわけで、怒涛のシリコンバレー滞在が終わった。ゼロからはじめたわりにはすごく充実していた。

明日、両親がアメリカ、ロサンゼルスにやってくる。ずっと前に約束したアメリカ大陸ドライブ旅行に出るのだ。荒野のまっすぐの道をひたすらドライブする・・・というのは男のロマンだよねえ。ということで、これが父の昔からの希望だったので、よっしゃ息子がつれてったる!ということでこうなったわけです。というわけで、再び荷物をまとめて、ロサンゼルスに向かって車を走らせた。

就職活動ぅ?そんなもんは、後で考えるよ!それよりデッカイ旅行をしに行こう!

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SAVE OUR DIRECTORS

2008年1月末に、僕がオレゴン大学に交換留学でいたころ(1998-1999)にお世話になった、国際交流センターのディレクターが、新しく来たばかりの責任者によって、理由も公開されることなくクビにされた

オレゴンの新聞によると、以下のとおり。

For undisclosed reasons, two long-standing directors within the Office of International Programs will not have their contracts renewed. The dismissals have launched an outcry among students, and faculty are hesitant to discuss them with the Emerald.

The employees are Magid Shirzadegan, director of International Student and Scholar Services, and Kathy Poole, director of Study Abroad Programs.

Provost Linda Brady is prohibited by law to release any details pertaining to the directors, but she did say she thoroughly considered the decision and is confident it is the appropriate one.

おそらく、新しく来た責任者と、方針が合わなかったためにまとめてクビにされたんだろう。ここまでなら、よくある話だ。しかし、話はここでおわらない。クビになった二人は、僕たち留学生たちにものすごく優しくしてくれていたので、すでに卒業している僕たちInternational studentの卒業生たちはまとめてキレたのである。

僕たち卒業生たちがここまで怒ったのは、単にディレクターへの感謝の気持ちだけではない。そのディレクターたちの方針を否定することは、彼らを信じてオレゴン大学のためにいろいろな活動に打ち込んできた僕たちを否定することであり、ひいては僕たちの愛するオレゴン大学の文化を否定することにつながったからだ。「絶対に彼らをクビにはさせない。ディレクターは、自分たちが守るのだ!」ということで、卒業生たちがオンラインで集まった。その中で、僕ももう10年近く交流すらなかったなつかしいメンバーとの再会などを交えつつ、International Student Associationのコアメンバーを中心とした怒涛の抗議が始まった。

上記のニュース記事のコメント欄には怒りのコメントが連なり、今回の意思決定に抗議するウェブサイトまで立ち上がり、アメリカのソーシャルネットワーキングサイトであるFacebookに立ち上がった“”SAVE OUR DIRECTORS MAGID @ KATHY””というグループには数百人の卒業生が集まり、学長への抗議のメール送信、署名活動、新聞記者へのコメント、募金中止の呼びかけなど、などあらゆる手を使って、今回のクビという意思決定の信憑性を厳しく問いただし続けた。”

その結果、先ほど、「オレゴン大学がディレクターのクビを撤回した」という正式な知らせが!やった!ああ、よかったなぁ、と、メールを見つめてひとりにっこり。

一方で、こう思う。大学職員がクビになるなんて、ある意味ありふれた出来事だ。でも、情熱をもってしてきた小さな行動の積み重ねが、すごい力を生み出したんだなあ、と実感した。情熱なんてありふれた言葉だけど、しっかりと行動に移すことができれば、僕たちも、すごい何かができるのかもね!