日米の多様性

ブログも久々に書き始めたところで、またネタ系の話を・・・今日は文化のお話です。

アメリカに引っ越してきてもう4年近く経とうとしている。引っ越したばかりの時は文化の違いに参る事も多かったけど、慣れると意外と快適である。特に良いと思うところは僕みたいな人間でも怒られずにいられることだ。怒られないでいいと、素直に生きていられるのでとっても楽。

これはいわゆる多様性という文化があるからだと思う。でも、多様性ってなんだろう?

僕は、多様性というのは、人間の標準偏差の大きさの話だと思う。標準偏差というとよくわからないので、以下のような分布の絵の話。

「何の分布の話か」というといろいろなものがあって、身長などの外的特徴、運動神経、知能指数、性格・・・とりあえず、今は抽象的に考えてみたい。とにかく、人間っていうのは、どんな国に生まれようと、生まれつきいろんな形で分布している。

で、多様性の文化の話に戻すと、僕は日米の文化のもっとも大きな差は、この分布の各グループに対する社会的作用だと思っている。端的に言えば、日本文化は平均グループが大好きであり、アメリカ文化は平均グループに興味なし、ということだ。

■ 日本文化の各グループに対する作用

  • 平均以上グループは「大多数」から仲間はずれにされる
  • 平均グループはとても大事にされる
  • 平均以下グループはボコボコにされる

具体例:

  • 平均以上: 昔からできる子供はいじめられるのは日本社会の鉄則!大人になっても成功者は尊敬されるどころか妬まれる事が多く、成功者には多くの社会的罰則が準備されている。才能を伸ばすべくチャレンジしようとすると、「前例が無い」「リスクが高いから駄目」「調子に乗っている」など平均グループに押し戻す強烈な力に叩かれる。「能ある鷹はつめを隠す」ということで平均グループに身を寄せて生きるのが賢い。
  • 平均: たぶん日本社会でもっとも幸せなのは何をやっても平均的な人だと思う。皆が選ぶ行動と同じ行動を取れば、予想の範囲内の事ばかりが起こるので人生のリスクは大幅に激減され、平和がもたらされる。社会的に、「規律」という、人間を平均的に是正するシステムがあるので、「ルール」として制服を着るような明示的なものから、「マナー」という非明示的なものまで様々な手法で人を平均化する。平均的である人の大群の群れの中にいれば、自分が危険にさらされることはない。周囲も、平均的である自分をほめてくれるので、友達もたくさんでき、愛される。
  • 平均以下: 日本文化には平均以下を許容する事に対する恐怖があるので、「他の人が出来る+あなたが出来ない=あなたが悪」という論法を利用して平均グループに押し込むすごい作用がある。例えば給食の好き嫌いは責任というより個性なのだが、栄養学的根拠というより「平均的でない事への憎悪」で無理やり食べさせる。本来分散している形を強引に中心に寄せるため、この攻撃的な作用に耐え切れずトラウマと共に生きる人や自殺する人も多いのでは?(日本は先進国でもっとも自殺率が高い)

■ アメリカ文化の各グループに対する作用

  • 平均以上は徹底的に伸ばされる
  • 平均グループであるメリットがない
  • 平均以下を更生する気がない

具体例:

  • 平均以上: 何かが平均以上にできると、日本人からするとバカにされているのかと思うぐらい大げさに褒められ、歓迎され、モチベーションを高められる。子供なら、成績がよければどんどん飛び級になって周囲を追い抜き、羨望のまなざしで見られる。勉強以外でも才能を伸ばすシステムが整備されていて、追い抜いても追い抜いてもさらなるチャレンジが準備されている。大人になっても、経済価値を生み出せれば生み出せるほど無限に収入は上がり続けるし、成功者として尊敬される。
  • 平均: ボコボコにされるということはないのだが相手にはされない。目立たないようにしていても誰も認めてくれない上に、人間関係でも交渉ごとでも不利になりやすい。個性なく「勉強が得意ですがあとは普通です」じゃいい大学にも入れない。そもそも「大多数の意見」がないので集団に同化して安心ということもない。ルールや社会的規律がゆるく平均的でいること自体どうやっていいのかわからない。
  • 平均以下: 社会的にだめであることを是正する気力がほとんど感じられない(笑)。だめな人は是正されにくく、よりだめになる人も多いので、分布が下方に広がって信じられないぐらいにだめな人が見受けられる。「快適だし」「それもまた個性だし」ぐらいの楽観性が、極度の肥満率、麻薬、凶悪犯罪に結びついている気がする。おかげで日本ではありえないような面倒くさいことにしょっちゅう巻き込まれる。

怒られまくっている人は日本には向いていないかも

あるていどの変人だと、日本では年がら年中いじめられたり怒られたりするのでつらい。これは多くのプチ変人~本格的な変人に当てはまるだろう。僕も弱みがいっぱいあるので、日本にいると本当に怒られっぱなしである。

例えば、お酒が飲めない言えば、無理やり飲まされそうにされた挙句フェアに割り勘である。一方で、色々とチャレンジしようとすると、「駄目」「無理」「前例が無い」「誰もそんな事頼んでない」と邪魔者扱いされたり罵倒されたりしてきた。アメリカ人にいると、変人は楽である。お酒が飲めないといえば、「あ~ごめん知らなかった」ぐらいですむ。お酒を飲まない宗教もあるし、肉も食べない人も多いぐらいだし、僕なんて大したことない。新しいことにチャレンジしたいというと、ワーッと人が集まってサポートしてくれる。

型にはまれといわれてストイックにはまれる従順なタイプの人もいるだろうが、型にはめられると毎日苦痛で「これでいいのか」と疑問を持ち続けている人もきっといるわけですよ。あまり怒られていたら性格が曲がってしまいますので、逃げるのも手かと。

だって、怒られないってすばらしい!

しかし日本の文化もすばらしい

ちなみに、僕は日本の平均グループを重視する文化・・・つまり標準偏差を最小化する文化も大好き。標準偏差(グラフの幅の広さ)が大きいというのは、リスクである。予測できないような事をする人が多いということである。人間の性質に標準偏差が大きい状態は、治安が悪いということである。色々な人がいると、極端にだめな人が増え、彼らに出会う確立が高まるということであり、いきなり撃ち殺される可能性はアメリカのほうが高い。

また、標準偏差というのは、品質である。多様性があればエラーが増えるわけで、商品を雑に扱う人が物流の間に一人でもいれば、卵は割れてしまうので、お店では割れた卵がしょっちゅう売っているし、送ったものが届かないとかそういうエラーがやたら多い。一方で日本は労働者の標準偏差がえらく低いので、品質が海外ではありえないほどに一定なのである。「品質管理」というのは、アウトプットの品質の標準偏差に他ならず、「カイゼン」とは、ほとんどが標準偏差を引
き起こすエラーを徹底的に排除するプロセスをさしている。だから日本の「カイゼン」はグローバルに強いのだろう。

ちなみに標準偏差が少ないことに価値がある、というのはいろんな分野において正しい。例えば、金融商品(株とか、国債とか)は平均リターンが同じであってもばらつき(金利の標準偏差)が少ないものが価値が高い。日本人がリターンがほとんどない銀行預金を株式投資より選好するのはこれまで話してきた文化を考えると当然だ。ヘッジファンドなどが使うCAPMという理論で株価を算定する手法は、まさに標準偏差を利用して株価を決めるのである(厳密には相場の動きと特定株式の共分散だけど)。標準偏差が高い株を扱う場合、倒産して紙切れになったら資産はゼロになる。人類の標準偏差でも、歩いていて撃ち殺されたら人生の残り時間がゼロになる。

金利のばらつきが少なければ金融商品の価値あがるように、人間のばらつきが少なければ、社会の価値は上がる。平均モラルが高くなる。安心できる、すばらしい社会なのである。

もちろん将来の不安もある

一方で、ビジネス的な立場で言わせていただくと、標準偏差最小化の文化には不安もある。

ひとつは、イノベーションが起こりにくい、ということである。ダーウィンの進化論では、進化というのは、突然変異というエラーで現れた強力な種が古い種を滅ぼすという現象なのだが、こういうことは標準偏差が低い社会では起こりにくい。企業でいっても、日本の時価総額の高い企業は、50年とか200年とか昔に設立された会社ばかりで、こうした大企業が経営難になっても淘汰する側の企業がちっとも現れないし、自己革新も難しい。

また、標準偏差を最小化する「カイゼン」というのは、既存のビジネスプロセスが変わらないことを前提とした内向きな能力構築であるなのだが、ひたすら続けると、「ガラパゴス」と呼ばれる状態になってしまう事がある。ガラパゴスの生態系は外部からの新種の浸入に弱く、そもそも既存のプロセスやスタンダードが、海外業者やまったく新しい技術によって変わった時には一気に破壊されてしまう。

また、「少数」を排除することで「大多数」を作る、という操作を行ってしまうと、「大多数の意見」が時代の変化とともに変わってしまった場合に、リスクの集中を招く。「寄らば大樹の陰」でその大樹が倒れた場合は全員死亡する。だいたい、時代の変化に大多数が気づいたときには大抵の事は手遅れである。

蛇足アメリカ留学へのアドバイスを求められたら・・・

ちなみに、僕はアメリカに留学しましょうとか仕事しましょうとかいうアドバイスをする上では、その人が平均グループに入っているかどうかで何と言うか決めている。

平均グループで平和に生きている大多数の人にはお勧めしない。もちろんもう日本は駄目だとかそういう意見は正しいと思うのだが、総合的に見て、けっこうな変人じゃないと日本のよさを上回るメリットないと思う。そもそも平均的な人は周りの良識ある合理的なアドバイスにしたがってやめる事が多いと思いますが。

一方、すごいところがある人とだめなところがある人にはおすすめ(総合じゃなくて、個別で)。そもそも平均的な他人の意見など聞けないとか、そういう突拍子も無い変人であれば、むしろストレスなく生きられるかもしれない。しかしこれは全体の割合としては少数になる。

実際、日本のすばらしさを考えると、多くの人にとってはたとえ日本がこれから駄目になっても、引き続き日本のほうが快適なんじゃないかと思います。総合的にかなり良い国ですから。

ただ、僕は変人が好きなので、変人の人はぜひボストンまで!

久しぶりだったので長くなりました。文章短くしないとね。

今週もよろしくお願いします!

12 replies
  1. Papanda
    Papanda says:

    やっぱり仰る通り相当な変人(というか自分をしっかり持ってる人)じゃないとなかなか馴染めないですかねぇ。
    私も日本では結構変人だったと思ってましたが、シリコンバレーに来ると完全に埋没してしまっているし、いやーこの先どうしたものかと(笑)。
    変なところに気を使う必要もないので楽なですね。それと新しいチャレンジや発想をむやみに否定されることなく、逆に肯定されるのは気持ちいいです。

    なにより給食を食べきれなくても怒られないのがうれしい!(っていうか給食がない 🙂

    Reply
  2. Takenosuke
    Takenosuke says:

    はじめてコメントさせていただきます。
    とある古賀さんの前職の同期の方の紹介でブログを約2年ほど読ませていただいている、ボストン在住2年でMBA1年のTakeonosukeです。
    今回の記事は、まさに自分がこの2年で感じた事をこれ以上無い位分かりやすく、且つ的確に説明していると思いますwww
    今もまさに水道管破裂問題で水の供給に難が生じていますが、こういうのも日本で27年ほど生きていて経験が無いですwww
    VCでの仕事ぶり非常に刺激になります。これからもがんばってください。

    Reply
  3. もちだ
    もちだ says:

    僕などは物理的な存在自体が既に大多数でないので、日本では着るものも履くものもほとんど全く見つかりませんし、乗り物や家の中では頭をぶつけるしと、なんだかみんなからよってたかって仲間はずれにされている気がします。また、小さい頃から空気が読めないとか常識がないとか言われて、いじめにあって、若い頃はよく胃をいためてました。

    アメリカに行くとそういうのがなくって本当に楽でした。

    Reply
  4. MK
    MK says:

    変人2号です。先日はアドバイスありがとうございました。
    ちゃんと変人だと認識されていたことに安心しています(笑)。
    日本にいたときには変人と思われることにある種快感を覚えていたのですが、アメリカに来てからそう見られず残念な日々を過ごしています。やはり折角生きているんですから、尖ったところはちゃんと伸ばしてあげたいですね。ということで、もっと尖るためにアメリカでの生活継続ほぼ当確です。引き続きご指導のほどよろしくお願いします。

    Reply
  5. yokichi
    yokichi says:

    > Papandaさん

    どっちにしても、Papandaさんの年齢で給食はもう出ないから安心して下さい。(笑)

    > Takenosuke

    コメントありがとうございます。こんどオフィスにでも遊びに来て下さい!

    > もっちーさん

    わかります。僕の身長でも不便多いぐらいなので、もっちーさんの不便なんて比較にならないでしょうね。

    > MKさん

    先日はご足労頂きありがとうございました。アメリカ生活、がんばりましょう!

    Reply
  6. HY
    HY says:

    初めてコメントさせていただきます。僕もMBA留学してからズルズル米国残留中ということもあり、いつも楽しく読ませていただいています。今回の記事は特になるほど!で、どうしてまだ自分が米国に残留しているのかよくわかりました。日本にいたころは真面目な人と思われて法務とか人事とかやらされていたのですごく普通にしなければならず、大層疲れてました。やっぱもう少しこっちにいようと思います。今後はもっと知的なコメントしたいと思いますが、たぶん無理です。どうぞよろしくお願いいたします。

    Reply
  7. ELLIE
    ELLIE says:

    はじめまして。twitter経由でやって参りました。
    ボストン在住10年になるELLIEと申します。アメリカ人と結婚してこちらに来ました。
    日米の社会の違いをこれほどまで的確に鋭く指摘したものはこれまで見たことがありませんでした。私は帰国子女で、帰国後にはかなり平均グループから外れていたのですが、平均グループを良しとする社会で平均グループ以外としてどう生きていいのか分からず、ずっともがいておりました。でも、だからといってアメリカのように平均グループに興味がない社会に属していると、それはそれでやはり平均グループ以外としてどうして良いのか分からず・・・という非常に宙ぶらりんな状態で、でも、それでもこっちにいる方がずっと気分的に楽なので、それがどうしてなのか良く分かりました。ありがとうございました。これからも楽しみにしています。

    Reply
  8. yokichi
    yokichi says:

    おーなんとボストンの方でしたか!私たちのように、アメリカのほうが気楽という人もいると思います。ちっとも悪いことではないし、楽しくやりましょう!

    Reply
  9. thatbird
    thatbird says:

    Twitterから飛んできました。
    こちらを読むまで「平均」という単語が出てこず(汗)、「普通」と頭の中で考えていたので、すっきりいたしました。

    コメントを読んで、身体的特徴などが他との違いの意識に目が向くキッカケ/つまづきになっている人がいるということに共感を覚えます。大分昔にボストンに住んでいましたが、写真、Boston Public Library のところでしょうか、懐かしく拝見させて頂きました。あーアメリカに戻りたい!(笑) Twitterフォローさせて頂きますのでよろしくお願いします。

    Reply
  10. yutaro
    yutaro says:

    はじめまして!

    これら3グループが均等に分かれた国・社会ってないんでしょうかね・・・。

    Reply
  11. Taro
    Taro says:

    はじめまして!以前はオーストラリアで働いていたのですが、今は標準偏差の超低い秋田にいて毎日怒られてます。古賀さんのブログ読んでまた海外に出たい気持ちが、、、

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