原発というお化け

「原発は安全」「原発は危険」といった議論が続いている。双方もっともな意見だけど、いくら議論しても、平行線になると思う。

原発って、僕を含めて、多くの人にとっては怖いんだよね。これは客観的な危険度に基づく恐怖じゃなくて、「何だかよくわからないから怖い」という主観的な恐怖だと思う。そしてそれは、生物として、とても自然な、自己防衛のために備わっている本能的な反応なんだと思う。ちなみに僕は、人間は本能レベルの恐怖に最終的に逆らうことはできないと思う。

子供のころ、暗闇ってお化けが出るから怖いって思ってた。暗闇を恐れなくなるためには、自分が自分自身で電気を何度もつけることで、「あ、お化けは出ないんだ」と自分の肌感覚を通じて理解するしかなかった。大人が「お化けは出ない」と論理的に説明したところで、「そうか、だったら安全」とは子供は思わないし、「怖いものは怖い!」と逆に不安になるかもしれない。

こういうことって、世の中には多くあることだと思う。例えば日本の移民受け入れの話。「日本は人口が減るんだから、移民をつれて来い」という議論は、きっと論理的に正しいんだけど実行できないと思う。多くの日本人にとって、外国人というのは「暗闇の中のお化け」だから。外国人と多くの時間を過ごして、「実は外国人は怖くない」と多くの日本人が肌感覚を通じて理解するまで無理だと思う。海外に住んでた「大人」が、論理によって無理に推し進めようとしても、怖いものは怖い。

話を戻して、原子力とか放射能って、何回説明聞いても、どういう仕組みで危険なのか、よくわからないんだよね。まさに暗闇の中。原子力発電より車を運転するほうが危ないと言われても、たぶんそういう問題じゃない。車にはねられたら死ぬのはどういう仕組みなのか理解できるけど、放射能で死んだり子供が奇形児になったりする仕組みはがよくわからない。だから、やっぱり、どんなに「大人」である原発識者が論理的に説明しても、怖いものは怖い。

もし、原子力とか放射能というものが肌感覚で理解できるようになれば、ある程度怖くなくなると思う。核反応が、氷が水になるみたいに見てなんとなくわかるとか、放射能が色や匂いでわかるとか。原子力発電が「お化け」じゃなくなったら、きっと原子力発電の時代になるかもしれない。でも、無理だとしたら、きっと人類は長期的には原発の何だかよくわからない怖さに耐えられないと思う。そして、人類はきっとより新しくて、優れたエネルギーの源を探し続けると思う。まあ、今ある原子力は、長い人類の歴史の中でたった数十年しか使われていないし、「今あるベスト」に過ぎないし、きっとまだ「正解」じゃないよね。

結局何が言いたいのかというと、

  • 暗闇に対する恐怖の反応がなければ、人類は早く絶滅することになるから、「一般人」にとって、よくわからないものが恐ろしいというのは本能的に避けられないし、生物として自然な防御反応だと思う。
  • 一方で、そういう恐怖を克服し、科学的根拠や、論理的正当性によって行動できる「識者」がいなければ、人類は進歩しないと思う。

  • ただ、「お化けなどいないから大丈夫」「お化けがいたらどうする」といった、相手の立場を尊重しない議論をしても、お互いの考えを変化させることはできないと思う。きっと、原発を感覚的に理解できるものに変化させるか、原発以外の何かを見つけることが、僕たちにとって大事なんだと思う。

そんなわけで、原発に限らず、本能的な人や科学的な人が、相手の立場の違う人を不用意に批判したり見下すようなことがもっと減るといいなあと思っています。

1 reply
  1. かしまくん
    かしまくん says:

    最近は当初ほどの過熱ぶりもありませんが、いつも変わらぬ不毛で平行線な議論のモヤモヤ感が気持ちよく解決しました。娘が出来たばかりなので、将来娘にこういったわかりやすい例え話ができるパパになりたいです。

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