幸せのキャパシティ

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あなたには、愛する人も、大切にしている人も、誰もいない、と仮定します。で、一兆円もらったらどうします?死ぬまでに、自分のために、全部使わなければならないとして。

  • まあ、とりあえず仕事はやめるかもしれませんね。それで?
  • 豪邸でも建てますか? でも一人で大きな家に住んでもねえ。家がたくさんあっても仕方が無いし。それで?
  • おいしいものでも食べますか? でもねえ・・・あなたの好きな食べ物なんですか?それ、100倍のお金出したら、100倍おいしくなります?難しいですよねえ。本当においしいものは、大量生産されて、安く手に入っちゃいますからね。あまりおいしいものばっかり食べてたら、すぐ死ぬし。それで?
  • じゃあ、無理して高いものでも買います? うーん・・・高くて消費できるもの・・・違法な麻薬とかだったら高いけど、中毒になったら意外と不幸だしねえ。それで?
それだけの大金があればけっこう幸せになるのはなるだろうけど、無限に幸せが増えていくわけじゃない。むしろ、あっという間に幸せが飽和してしまうだろう。

所詮、自分ひとりを幸せにするなんて、上限にすぐ達してしまう。幸せの器というものがあると、そのキャパシティがいっぱいになっちゃう。人間一人だけだと幸せのキャパシティが少ないので、あっという間に飽和した後、幸せはあふれ出て、流れて消える。

じゃあ他の人のために使いますか?でもねえ、誰も愛していなかったら、別に他の人のために使っても、幸せにはならない。これが、自分のことしか愛していない人の幸せのキャパシティの制約だ。

お金だけではない。全てにおいて、自分の利益にしか幸せを感じられない人は、大して幸せを満たすことはできない。


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一方で、他の人の幸せを、自分の幸せだと思える人がいる。そういう人は、そんな簡単に幸せが飽和しない。他人の幸せのキャパシティを、自分の幸せのキャパシティに加算できる人は、幸せの器のキャパシティがとても大きい。自分の器が一杯になったとしても、他人を幸せにし続けることで、どんどん幸せを感じることができるのだ。

多くの困った人を助けようとしてがんばっている人は、大変なこともあるだろうけど、とても充実したいい笑顔を見せる。例えば、不幸なアフリカの子供たちのためにがんばっている人とかって、めちゃくちゃキャパシティが大きいわけです。たくさんの空っぽの器に、たくさんの幸せを注いでいるから。

きっとそういう人の器は大きすぎて、死ぬまでいっぱいになることはないだろう。がんばってもがんばっても苦しい子供たちがいるからね。ああ、幸せになった、と思うことは、たぶん一生ない。それでも、そんな大きな器を持った人の人生は、きっととっても充実したものだと思う。だって、普通一人ではもちきれない大きな器に、とんでもない量の幸せを注ぎ込んでいるのだから。

自分がとてつもなく幸せになる一番良い方法があるとすると、とてつもなく多くの幸せを自分のことのように感じ、彼らの幸せの器をできるだけいっぱいにして生きていく、ということなんじゃなかろうか。

仕事の上でも、プライベートでも、そういう風に生きていけたらなあ、と思う。

コメント(7)

読んだら胸がいっぱいになりました。 色々考えさせていただきました。 ありがとうございます!

今は物凄くお金が欲しいのですが、リアルに想像してみると「幸せが飽和してしまう」今のまま貧困でも幸せになれそうな気がしました。

古賀さんの言葉はじ~んと来ますね。
ツィツターのお写真変えましたか?
かっこよくなりましたね。

古賀さん

ボストンでは貴重なお時間をいただきまして、本当にありがとうございました。
二つの文章を勝手に自分の状況に置き換えて読ませていただきました。(言葉も少し置き換えて)

本当に気持ちがあれば物理的な距離は些細なことだと思います。大事なのは、「本当に思っているか、信じているかどうか」ですよね。
さらに、「自分にとって一番正しい道かどうか迷うこと」よりも、「直感に従って選択して、選択した道を頑張って正解にすること」の方が大事だと思いました。

米国に挑戦しに行きます。これが僕の結論です。

まだまだ弱っちいけど、もう迷わん!(笑)

> Daisukoさん

こちらこそ、コメントありがとうございます!

> 脱毛器さん

脱毛器・・・

コメントを頂いてあれですが、ニックネームが超気になります。

> さおさん

ツィツターじゃなくてツイッターだから 笑
写真変えましたけど、また気が向いたら変えるかも知れません。気まぐれ。

> 野地さん

おおっ、どうも~

米国に挑戦しちゃいますか・・・覚悟してね~♪
応援してます。

古賀さん、古賀さん、アフリカの子供達は不幸せなわけではないですよ、きっとたぶん。
アフリカは行ったことがないので確かなことは言えませんが、東ティモールの子供達も、ヨルダンの難民キャンプの子供達もとても幸せそうでした。
水も電気も通っていない村に行くと、子供達がどんな小さなことでも心から喜んでくれるんです。凧揚げも折り紙もダンスも歌も。そういう子供達を眺める大人達もみんな幸せに満ち足りた顔をしているんです。
そんな子供達に、将来の夢は?と聞くと、じっと悩んだあとで、「もっと勉強したい。」って言うんです。そんな瞬間には、1兆円ほしい、って心から思います。かわいそうだから助ける、というよりも、1兆円の価値が、ほかのどこよりも生かされるだろう、と思うから。
途上国に行って幸せをもらったことはあっても、幸せをあげた、と思えたことはまだありません。まだまだまだ力が足りません。でも、途上国に一回行ってみたら幸せをもらえるのにな、と思える日本人はけっこういるような気がします。
試験前夜にとても心に響くブログエントリーを読んだので思わずコメントしてしまいました(笑)。長文失礼いたしました。

ふふふ、つまり君の幸せのキャパシティが広いということだよ。君はきっととっても幸せになる力があるということだ!

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自己紹介


古賀洋吉(Yokichi "Yo" Koga)
ボストンのベンチャーキャピタルにてテクノロジーベンチャーの国際展開を支援中。詳細
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