すごい事は、やってみなければわからない

ここのところZipcarというカーシェアリング会社の戦略を策定している。そこでの悩みのひとつは、カーシェアリングはまだまだ「産業」と呼べる大きさではないので戦略を立てるためのデータがない事である。ちらほらアナリストが分析を始めたがデータは間違いだらけ。産業をつくっている僕たちがデータを作らないと無いのである。僕たちに、カーシェアリング産業というものが作れるだろうか?それは、やってみないとわからない

ちなみに僕は、これから世の中を進歩させるすごい事のほとんどが、やってみなければわからない事だと思っている。僕にとっての「すごい事」と「すごくない事」を対比するために、僕の頭の中にある「成功の要因」を分解してみたい。これには3つある。

  1. 知っていたから成功した事。多くの企業が高学歴を好むのは、知っていれば成功できることがたくさんあるからである。

  2. 論理的に考えたから成功した事。「知っていること」を統合し、論理的に結論を導き出す能力(論理的思考)があれば、未来の成功がある程度予測できる。

  3. やってみないとわからないけど、やってみたら成功した事。知識があっても、論理的に考えても結論がでないことは、やってみるしかないのだ。
1と2はすごいと思わない。3はすごいと思う。3の「やってみないとわからない事」がほかの二つと圧倒的に違うのは、データがないということだ。どんなに天才が現れても、勉強できる文書も、論理を組み立てる十分な根拠も存在しない。

真剣に思うんだけど、天才が考えたらわかることってすごいかなあ?やってみなくてもすごいとわかるのであれば、もうすでにほかの天才がやってるんじゃない?むしろ、天才だったら誰でも気づく事って、当たり前のことばかりな気がするよ。エリート官僚の人とかと会うと、その勉強量とアタマのよさに圧倒されちゃうのに、討議結果のアウトプットをみると、みんなが知っているデータで論理的な結論を導き出しているので、とがった部分もなく、ある意味「当たり前」に見えてがっかりしてしまう。しかも、もはや将来に適用できない過去のデータを天才がキッチリ分析しているものだから、むしろ天才であることが政策に悪影響を与えている気がする。

個人的に、僕が最高にかっこいいと思うのは、そういう天才じゃない。勇気をもって、リスクをとって、可能性を信じて、負け戦に挑戦するバカ野郎だ。地図を持たない冒険者があてずっぽうに歩いた道に地図ができる。エイズ治療の効果のある薬を探す研究者は、いろいろな物質の効果をしらみつぶしに試して失敗しないものを探している(勉強したり論理的に考えれば薬ができるなら、すでにエイズは撲滅されている)。こういうのがすごい。こういうのが世界を進歩させる。

僕はアントレプレナーとばかり仕事をしているが、彼らがすごいとおもうのは彼らが失敗のプロであることである。ある意味、アントレプレナーの仕事は失敗することである。エンジェルやベンチャーキャピタルが投資するのは、必ず「成功するかどうかが不確実なビジネス」である。提供された資本がつきるまでに、失敗しなくなるまで失敗し続ける。データが無い中で、仮説に基づいていち早く行動し、さまざまな事を試しては、失敗した瞬間に経験から学び軌道修正をどんどんと繰り返す。失敗の繰り返しの中で起こっていることのほとんどは、整理されておらず、戦略的でなく、地味で、全くかっこいいものではない。

アントレプレナーは、「不確実」なエリアに切り込み、アメーバのように「確実」エリアをじわじわと広げていく。それが一定以上の面積まで広くなれば、そのビジネスは「成功」と呼ばれるようになる。成功した時点で、失敗のプロであるアントレプレナーの仕事は終わりである。そして、そこにデータが生まれる。歴史が生まれる。

確かに、かっこいいプロセスではない。でも、まだ解明されていない不確実なことがたくさんあるから、人類の希望は失われないのだ。。

「愚者は経験に学び賢者は歴史に学ぶ」というが、本当にすごい人は経験に学び歴史を作る。あとは後から賢者がやってきて歴史を学ぶのだろう。しかし僕は歴史を作った人のほうがかっこいいと思う。選択肢があるなら、僕は歴史を作る側になれたらいいなあ、と思う。

おまけ

2 replies
  1. yamadayub
    yamadayub says:

    はじめまして。

    たしかにやってみなくてはわからないことのほうがすごいですよね~。
    逆にやってみなくてもわかることで、ちゃんとできてないことが多すぎる気もするけど。

    実は結構みんな同じ思いを持ってるんじゃないかと思うんですよね。
    みんな坂本竜馬好きだし、ビルゲイツよりジョブズのほうが人気あるし。
    「よくわかんないところから歴史を作るやつがいちばんかっこいい」ことはわかってるし憧れるんだけど、
    そこそこ人生経験を積むと、桜の樹の下には屍体が埋まっていることにも気付いちゃって尻込みするんじゃないかなぁ。

    結果として歴史を作る人に”なれれば”最高なんだけど、
    それってスキルっぽいことの他に

    ・自分の夢に人生かけられる、いい意味での単細胞さとか
    ・自分の夢を応援してくれる人達の存在とか
    ・失敗してもたいしたことにはならないという諦め&自信&環境とか
    ・世の中の流れとタイミングがあってることとか

    などなどがばっちり合わないとだから、
    そこまでしないな~っていう人が多いんだと思います。
    意外と冷静な判断を無意識にしてるんじゃないかと。

    普通の人の個人生活の幸せだけを考えたら、そもそも自分で歴史を作る必要がないですしね。
    なんかそういうアドレナリンでまくりの人生がどうしようもなく好きな人は別ですが。。。
    物語として消費する側の立場で十分じゃないかな~って思います。
    そういうバランスを取ろうとするとベンチャーキャピタルとかが一番素敵な選択肢なのですかね。。。?

    あとは0から1を作って歴史の超超端っこに名前を刻むのと、
    1000を100000にして今の世の中の流れを作るのとどっちがいい?
    っていう問いに対して、後者を好む人が多そうなのも理由の一つかなぁ。
    これはなんでだろう。やっぱ生きてるうちにチヤホヤされたいからかな?笑



    Reply
  2. yokichi
    yokichi says:

    コメントありがとうございます!

    結局、本人がかっこいいと思っているほうをやればいいことなので、やらない理由とか根拠は色々あっていいと思いますし、一般的なひとが何をどう考えているかよりも自分がどうするか、だけだと思います。

    僕は、0を1にしたり、1000を100000にする人より、0を100000にする人にあこがれます。

    Reply

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