ハーバード式極論の技術と、橋下知事

ハーバード・ビジネス・スクールの授業は、よくこうやって始まる。

「このケースを読んで、ジョンはマネージャーとして優れていると思うか?どれかに手を上げなさい。まず、最高のマネージャーだと思う人?15人ね。優れていると思う人?40人ね。悪いと思う人?30人ね。最悪だと思う人?3人ね。じゃあ、最高だと思うエリック、君の意見は?」

指名されたエリック君は、そのマネージャーを褒めちぎる。「彼は間違いなく最高のマネージャーだと思う。彼がネットワークを生かして経営陣を作り上げ、ゼロから売上げを10億円まで伸ばしたのはすばらしい。特に長期的な視点で顧客を選定し、安定した顧客ベースを作り上げたのは今後の成功にとって最大の資産になるはずだ。それに彼の人を選ぶ力には目を見張るものがある。前の会社でも似た事業を成功させているし、彼以上にこの仕事が上手にできる人はいないだろう。」

マネージャーがさんざんほめられたあと、教授は別の人を指す。「デイビッド、君はジョンが最悪のマネージャーだと言うけど、それはなぜだい?」

そして、今度はデイビッドがこういう。「エリックの言っていることには全く反対だね。まず、資料5の純利益を見てみて欲しい。3年連続で赤字じゃないか。それに、直近の2004年の利益率はむしろ低下している。彼は全く結果を出せていない。それに、2億円しか現金がないのに、短期的に利益になるような顧客がぜんぜんいないじゃないか。これじゃすぐ倒産だよ、僕は一刻も早く彼をクビにして、新しいマネージャーを探すべきだと思う。」

そしてまた教授が言う。「ふむ、エリック、デイビッドがこういっているよ。どう思う?」そして、エリックとデイビッドの熱い議論が始まる。そのうち、まわりの学生もあっちが正しいとか、こっちが正しいとかいう議論をぶつけ始める。

こうして、まず学生にどちら側につくのかはっきりとスタンスを取らせた上で、最初に極論同士をぶつけ合うのはものすごく普通の授業の進め方である。こうした極論同士をぶつけ合うと、一方が持つロジックの強み・弱みがどんどんさらされていく。片方が主張の中心となると思っていた根拠も、反論されまくる中で実は視点を変えると弱いロジックだということが見えてきたりする。こうして、双方の意見の良さ・悪さが出つくしてから、はじめて教授はこういうのだ。「じゃあ、何が大事なのか、考えてみよう。まず、顧客についてだ。短期・長期の話がでていたけれども、この業界において顧客のスイッチングコストは高いのだろうか?」

こうして教授は、極論の中から見出された疑問を解きほぐすように、学生たちを誘導していく。そして議論は深まっていき、最初の極論の時点でははっきり見えなかった本当に重要な論点に近づいていく。そのころには、最初は角張った形でしかなかった極論もたたかれまくってカドがとれ、有意義な議論が残るのだ。

とはいえ、意図つつ極端な意見をおおっぴらに言うことも、極端に反論するのもとても日本人である僕には難しい事で、僕も最初はとても苦労した。でも、この議論のスタイルは、日本人にとっても、思考停止から抜け出すのに非常に有効な手段なんじゃないかと思う。誰しも、反論されないと、何も考えないようになってしまうし、健全に反論し、反論されることで思考も深くなり、合理的な結論に達することができるのだ。

そう考えると、「府債をじゃんじゃんつかえばいいや」と思考停止した大阪府にとって、橋下知事の極論はすばらしく効果があるように見える。「大阪府債ゼロ」とか「図書館以外は全て不要」とかいう極論が疑問視(確かにとんでもない)されているが、知事の意図は、本当に極論を実行することではないと思う。むしろ、思考停止した人たちに「俺は“ぜーんぶ”が非合理的なお金の使い方だと思う!」という極論をぶつけることで、しっかりとした根拠をもって「いいや、合理的に考えれば“これ”にはお金を使うべきだ!」と反論してもらいたいのではないか。税金の使い道について本当に健全な議論が始まりさえすれば、「仕方がないから府債をじゃんじゃん使う」という極論と「大阪府債ゼロ」という極論の間にある、現実的なお金の使い道を見極められるようになるだろう。

そう考えると、「大阪府債ゼロ」が撤回されたというのは当然の結果であるし、「図書館以外は全て不要」もおそらく実現しないだろう。その結果、知事は「公約違反だ」と怒られまくるだろうけれど、本質的には府民の税金が合理的に使われる事のほうが大事だと思うよ。結果が出るまで大変だと思うけど、これからも橋下知事には建設的な極論を駆使してがんばってほしいな。

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