経験が情熱を生む

前回の検索ワードの発表で、「やりたい仕事がない」という検索ワードがあまりにも多かったので、今日はそれに関する、ちょー当たり前っぽい話を書いてみたい。 結論から言うと、僕の意見では、「やりたいこと」なんてのは、考えたってポンとわいて出てくるものではなく、自分の行動を通じた経験から、たまたま生まれるものだと思う。だから、悩んでもムダだと思うし、そもそも悩みですらないと思う。 突然だけど、すごく好きな食べ物ってあるよね。例えば、一時間列に並んでも食べたいものとか。でも、食べたことが無いものに一時間ならぶ努力するなんて情熱、ふつうないよね。だけどひとたび食べて好きになってしまえば、並ぶ努力が苦でも乗り越えられてしまう。 感情に関わるものって、大体そんなものだと思う。そうした、自分自身の直接の経験から生まれる感情(喜び、怒り、悲しみ)こそが、情熱をドライブするのだ。そして、その情熱こそが、何かすごい事をやる上での馬力を生み出す根源だ。逆に言えば、経験を伴わない、「思考」や「他人からの情報」によって情熱は生まれない事が多い。あくまで自分の経験を通じて、ハートがズキューン!と動くことが大事なのだ。 例えば、すごい情熱で英語の勉強してる人は、「論理的必要性に駆られている」、というよりは、「何気なく行った海外で、自分のあまりの英語の出来なさが悲しかったとか、英語ができる連中との差が悔しかったとか、英語ができない為にバカを見た自分に腹が立ったとか、片言の英語で友情を育んだことが嬉しかった」という人が多いと思う。仕事でもそう・・・例えば途上国援助の仕事としよう。人は、コタツでテレビみてるとき、「次のニュースです。今年、どこどこの国は貧困により何人が餓死しました。いやー大変ですね。はい次のニュースです。」というのを見て、「何だとぉ!そんな事は許されねえ!よーし途上国の貧困を解決するために残りの人生かけるぞ、どんな苦難を乗り越えても俺はやり遂げる!」とは、ふつー、思わない(すごい想像力がない限り)。むしろ、ある貧乏な国を旅している中で、その場の空気を吸い、その場の現実を自分の五感で体験し、現地の人と笑い、現地の問題を一緒に悲しむ中で、「この国の人々の笑顔が俺は大好きだ。でもこの国が抱えている問題は本当に難しいし、それを解決できないのは悔しい!みんなのために、俺には何かができるはずだ!」みたいに思っているからやっている人のほうが多いだろう。 で、こういう例で何がいいたいかと言うと、 「行動」せずして「経験」することはない。 「経験」なくして「感情」は動かない。 「感情」なくして「情熱」は生まれない。 「情熱」なくして「継続的に何かを続けるモチベーション」は生まれない。 「継続的に何かを続けるモチベーション」なくして、難しいことを実現することは難しい。 ということだ。 重要なポイントは、行動こそが、全ての出発点だということだ。後先考えずにいろんな行動をする人は、いろんなところで感情が動く経験をつんでいるため、いろんなことに情熱を持つことができる。裏を返せば、そもそも人間というのは、何も経験していないデフォルト(初期状態)では、モチベーションなんて、何に対してもぜんっぜん無いと思う。例えば、ゲームを一度もやったことも見たこともない子供が、プレステを買ったとしても、ロールプレイングゲームがやりたいのか、シューティングゲームがやりたいのかなんて、わからないだろう。同じように、一度も仕事をしたことがない学生が、医者になりたいのか、エンジニアになりたいのかなんて、わからないだろう。まして仕事をしたことがない学生が「やりたい仕事がわからない」なんてのは、僕には当たり前に思える。 なので、こういう相談を受けると、「すみませんプレステ3の本体を買ったんですけど、やりたいゲームがないんで困ってます」と言われてるように聞こえて、それ困ってないだろ!と思ってしまうのである。いいじゃん、別にやりたいことなんて無くても。やりたいことがないのは、困ってない証拠だよ。困ってるというのは、どうしてもやりたい事、やりたくない事がある人が、目的地に届いていない状態のことでしょう。そうやって苦しんでいる人の横で、「やりたいこと無いッス、困りました」と言われても、アドバイス不能です。目的地がない人は、目指さなきゃいけない場所自体が定まってない。右にいったらいいのか、左にいったらいいのかわからない。どっちがいいのかという情報を誰もくれない。だから、迷ってるだけだ。 しかし、人に聞いてもムダじゃないかな。右がいいのか、左がいいのか・・・つまり何に情熱を感じるかなんて、自分の心以外のどこにも書いてないんだから。自分でやってみて、好きなのがあるなら打ち込めばいいし、ないならないで誰も困らないし、適当にやっとけばいいじゃん。やりたい仕事がないなら仕事時間は「金のための我慢」と割り切ってプライベートを思い切り楽しめばいい。仕事は義務という意味で趣味のゲームとはちょっと違うにしても、どちらにせよ、「どうしてもやりたい事を見つけて選ばなければならない義務がある」もんじゃない。だから、「やりたいことがなきゃいけない」なんて事を悩む意味はあまりないと思う。(それでも悩む人が多いのは、大人になるまでは、親がモチベーションをくれていたからかもしれない。親が喜ぶことをすると自分も嬉しいとか、親の期待を裏切るのが恐ろしいとかも、立派な「経験を通じた感情」なんだけど、大人になったら自立しちゃうのでそのモチベーションは保てない。でも自立しきっているわけじゃないから、親以外の誰かに答を求めてしまうのだろうが、やっぱり人に聞くのはムダだと思う。) 一方で、引きこもって考えるのもやっぱり無駄でしょう。「経験」なくして「感情」は動かないと書いたが、感情に関するものは、戦略的に計画したり操作したりできない。どんな仕事が好きになるのかなんて、出会う前にはわからない。小学生が「僕は24歳で運命の人と出会い、26歳で結婚する計画です」といったらバカだと思うかもしれないが、これは、愛情を含め、感情の動きを事前に計画することは不可能だからでしょう。そこで無理やり戦略的に計画・操作すれば、後になってから、実はやりたくない事だったとか、実は結婚したくない人と結婚してたとかいうことに気付いて、苦しくなるかもしれない。 やりたいことが欲しいなら、「やりたいことがなければならない」なんて義務感を捨て、とにかく行動してみるしかないと思う。落ち着いた、自然な、素直な気持ちで、心をオープンにして、どんどん新しいことに挑戦しよう。いつかハートが動く経験と、偶然出会うまでは感情はピクリとも動かないと思う。でも、ひとたび出会ってしまえばハートはガーン!と打ちのめされて、いきなり勝手に目標が生まれてしまって、その目標を達成できていない状態が相対的に苦痛すぎて、そこから抜けるためにものすごいモチベーションが、自然と生まれるものだ。そう・・・それが恋・・・笑。そこに無理して戦略を持ち込もうとすると、目が曇るよ。焦りは、結論を早く与えてくれるかもしれないけど、大事なのは結論ではなくて、中身でしょう。 だから、ウェブ検索で答えを探そうとなんてしないでほしいんだよね・・・いやマジで。焦って、どこかに答えを探そうとする必要なんてないし、右に行ったらいいのか、左に行ったらいいのかわかんないなら、とりあえず行ってみて、自分のハートに聞いてみたらいいよ。すぐに答が出せなかったとしても、一番よくないのは立ち止まって考える事だと思うしね。 やりたいことがない、モチベーションが保てない。まあ、そんなもんだよね。それが全員の出発点だと思うよ。だからこそ、とりあえずパソコン閉じて、面白そうなこと、やってみようよ!その経験が情熱を生み出すならば、本当の悩みがそこから始まると思うよ。 動け!!!