正月西日本一周青春18切符極貧の旅: Day 4

山田町を出発


朝起きると、友人はまだ僕の横ですうすうと寝ていた。


ご両親は僕の為に朝早くから起きていてくれた。昨晩おばさんが、朝ご飯のメニューはなにがいいですかと僕に聞いてきたそのままの食事が出た。卵入り味噌汁は始めてだったね。食べ終わり家を出る時、お年玉ですとおばさんに5000円頂いた。お断りしたんだけど、結局頂いてしまった。うーん・・・おせわになりまくっておいてお金までもらってしまうとは・・・。おじさんは車のエアコンをあらかじめつけておいてくれたらしく、入った車の中は暖かかった。電車が到着しておじさんと別れた。

本当に世話になった友人の両親とも今日でお別れだとおもうと、とても残念だった。



さようなら、宮崎。そして、駅でたまたまあったおじさんの知り合いの男性と話しながら無人駅をあとにした。その人は宮崎には見る所があるのに行かなかったのかいといったが、僕は宮崎の、また田舎町というものの雰囲気を味わえたので十二分に満足であったし、なにより人情というものに触れる事が出来たのでよかったのだ。

 

鹿児島、熊本


乗り換えの為に鹿児島県の吉松で電車を降りた。ここで一時間待つ事になっていたが、電車が遅れていてさらに1時間待つ事になった。

ぼんやりと吉松を 歩き回るが、特に何も無い。駅に戻ると、電車を待つ人々が待合室で座っていた。そこで男の子を連れたおばあさんとしばらく話しているうちに電車がやっとこ来た。どうやらおばあさんは見送りで、この男の子は一人で熊本に帰るらしい。おばあさんは、孫をよろしくと、小学校6年の眼鏡の少年を僕に預けた。

僕と少年は熊本行きの電車に乗り込んだ。少年にもらったガムを噛みながら話をした。その少年は、元旦から吉松のおばあさんのところへ行っていて、一人で帰る所だという。しっかりした子だ、偉い。彼が少し人見知りする所があるせいか、または僕が眠かったせいか、あまり面白い話をしてやれなくて申し訳無かった。

 

佐賀、福岡と古賀町


そして熊本から博多行きの特急にもぐりこんだ。特急は混んでいたが、チェックされないので丁度いい。フフ・・・

博多で当然ラーメンを食って、古賀という町に向かう。

古賀は僕の名字なので一度は行っておきたかった。古賀につくと、至る所に 「古賀」の文字があり、とても興奮した。「古賀」のついた面白い看板があふれかえっている。楽しい写真がいっぱいとれた。古賀商店街で商品を買うと「こがしーる」なるものがもらえて、あつめるとなにかもらえるらしい。古賀町役場のお姉さんに古賀グッズをもらった。「すみません・・・ぼく、古賀っていうんですけど、せっかく古賀まできたので何かください」といったらあきれていた。

 

小倉から?

そして小倉についた。小倉はずっと勝手に「おぐら」だと思っていたが、「こくら」だった・・・←かなり無知。

このまま本州に戻るか、また南の大分方面に向かってフェリーで四国に渡るか、どうしようか迷った。このまま本州に行けば順調に帰る事が出来るが、 四国もみたい。しかし同じ所を時間をかけて2通る上に、フェリーの最終便が終わってしまっているかも知れないのに南に行くのは危険である。

しかし、危険かどうかなどけっこうどうでもいいんじゃない?それにフェリーに乗りたぁい♪という無計画な衝動と四国への興味から既に南に向かっていた。

 

大分

もしフェリーが出ていなかったら、どうしよう?まあ、別府の人の家にいって泊めてくれと図々しく言おうかなと思った。

特急に乗った方が かなり効率良く南下出来るので、特急に乗り込んだ。お金もなく特急券が買えないので寝たふりをしていたが、添乗員が「お客さん切符拝見しましたか?」と聞いてきた。 何だか良くわからないが「はい」と答えると「そうですか」と去っていった。あっはっはっは!ヒャッホー!

もうすぐ別府だという時に、いきなりアイスと鳥龍茶がテーブルに届けられた。隣にいたおばさんが突然おごってくれたのだ。

お礼を言い、いろいろ話した。その人は今から自宅に帰る所らしい。このおばさんとの時間は、短いながらとても楽しかった。 自分の可能性や物事の考え方、家族と自分、これから先の生き方など、様々な事を話した。

「宛の無い旅に出るなんて両親も良く許してくれたわね。 余程貴方の事を信用していらっしゃるのよ。」とおっしゃったので、うーん・・・どうなんでしょう、そうかも知れませんと答えた。(実際は僕が出る時、理由も 聞かずにああそうなのといった様子で、後で聞いたが親父に至っては僕が居ないことを暫く気付かなかったらしい。)

それはともかく、おばさんは、僕がフェリーで四国を目指すこと、またフェリーがまだ運航しているかどうかすら解っていないことなどを聞くと、すぐに自宅に電話し、フェリーの時刻を確認してくれた。

そして、別府からより 臼杵から乗った方が良いとか、特急券が無いなら大分で降りて普通に乗り換えした方が目立たなくて良いとか、色々と教えてくれて、すっかり甘えてしまった。

ところで、僕に話し掛けてくるのは、ほとんどがおばさんである。おじさんや、若い女性から話し掛けてくることは全くない。若い女性が急に話し掛けるということは一種の軽薄さともとれるニュアンスがあるからかな、などと思っていたら、南に向かう列車にの中で若い、といっても年上だろう女性が話しかけてきた。大分県警に勤めているらしいけど、就職難で大変だったと言って笑った。

「今朝代議員をしている僕の叔父が、羽田空港で襲われたという事件をニュースで見たが、それ以上の情報は持っていないのですがどうなりましたか」とたずねると、鼻を怪我したけど大丈夫だよと教えてくれた。

お姉さんは、大分は良い所だよと誇らしげに語ってくれた。東京はどうだろう? 僕の唯ひとつの故郷。僕は世界でも有数の大都市に生まれたけれど、物質的豊かさは別として良い所だよと胸を張って言えるだろうか。 僕の友人によると「東京は住む所ではない」らしい。然し僕にとって、僕の住む新宿区は紛れも無く住む所だ。それは僕にとって幸せなのだろうか?別に不満はないんだけど、なぜか新宿は良いところですというのははばかられるなあ。

「じゃあ気を付けてね」と手を振りながら彼女は電車を降りていった。

 

臼杵とフェリー


臼杵で電車を降りて、フェリー乗り場に向かう。外は真っ暗で、不安なほどに静まり返っている。

自分のいる場所も、フェリー乗り場の場所も良くわからないので駅のそばのコンビニで聞いてみた。一応道順はわかったが、結構遠いんじゃないかな。

コンビニを出ると、黒いジャケットのお兄さんが笑顔で「フェリー 乗り場に行くの?だったら連れてってあげようか?」と言って来た。お言葉に甘えて行こうとすると、なんと車だ!ラッキー。

明るく元気で易しいそのお兄さんと車の中で話していると、あっという間にフェリー乗り場についた。ありがとう、お兄さん!

いいなあ、いいひとがいっぱいいるぞ、世の中!

フェリーは、23:55発だ。八幡浜には1:50につくらしい。ひとまずフェリーに乗る。それは思いの他大きなフェリーであった。


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正月西日本一周青春18切符極貧の旅: Day 3

友人と成人式

寒いので頭から布団をかぶって寝ていた。

やせているから寒さに弱いのだとしても、部屋の中なのに息が白くなるのだから、僕でなくても寒いだろう。 九州までくれば少しは暖かいかなと思ったが、かえって寒い。ちっ、甘かったか。




とにかく、友人とその母親が今日の成人式の事を話しているのが聞こえる。そうなのだ。今日、僕の友人は成人式なのだ。今日は5日だけれど、こういった田舎町では日程を大幅にずらす事もあるようだ。そういうわけで、昨日飲みすぎた彼は そのまま成人式に行くので、僕は家に取り残される事になるようだ。その事について彼とおばさんが外で話しているが、僕は眠いので顔を出さなかった。眠い目をこすって東京から来た古賀ですというのなら、きっちり起きてから自己紹介をしようと思い、また眠った。 

ご両親


10時ですというラジオの音で目覚めた。


僕は今に行き、おばさんに自己紹介した。おばさんはあたたかいひとであった。 ご飯になさいますか、お風呂になさいますかと言うので、寒かった僕はではお風呂を頂きますと答えた。いつもついていない炬燵の上には手巻き寿司が乗っていた。遅くにお客さんがいらっしゃるのでこんなに作っておいたんですと笑うので、とっても申し訳無かった。

状況を確認すると、肝心の友人は成人式に行ってしまうというシチュエーションにつき、僕は一日彼の家ですごすことになった。彼は式のあとに一度帰ってすぐ着替えた
ら、みんなで遊びに出かけるそうだ。となると、今夜遅くに帰ってくるわけで、明日朝早い僕と彼は全然会わない事になるのだった。本当にただの居候と化している僕であるが、彼の家族に迷惑をかけないようにしなければならないと思った。いい子にします。

そこへおじさんが帰って来た。

おじさんはこの山田町役場の福祉課に勤めているそうだ。 ほとんどの仕事が人助けなので、やり甲斐があるという。お年よりの為に温泉のお湯を配るボランティアをするなど、とてもいい人だ。山田町を良くする為にと、本当に頑張っている。僕は今まで公務員というとやる気のない区役所の職員や郵便局の職員しか見たことがなかったのであまりいい印象はなかったのだが、そんな自分を恥じ、またおじさんの息子である僕の友人がなぜ公務員になりたいというのも納得した。僕もいつか、このおじさんのように やり甲斐のある仕事をしたいと思う。

することがない僕に気を使って、おじさんは僕を車で山田町温泉に連れていってくれた。 20年以上役場で働いているおじさんは町の人と殆ど知り合いらしく、至る所で立ち止まっては、挨拶していた。 どうだ、「こんどるじゃろ」と言われたが、新宿育ちの僕としてはむしろ空いているように見えた。

温泉とサウナから出て、うどんをおごって もらった。「うまいじゃろ」というが、なるほどいい味!ビールも持ってきてくれたが、僕はお酒が飲めないわけで、当然中ジョッキなんか生まれてから飲んだことがないし、 飲んだら今日一日苦しむ事は目に見えていた為、せっかくだが断った。その後も、おじさんは優しく僕の為にいろいろ話してくれた。

家に帰ると、丁度友人が着替えに帰ってきた。白い袴を来た彼は随分気分が回復しているようだった。そのままご両親と、おばさん、おばあさんと、下の妹さんと一緒に記念写真を取った。ところで、どうやら家の中で僕は下の妹さんの場所を占領して寝ているらしかった。この子は無口だし、控え目なのでちっとも話が出来なかったので知らなかったが、悪いことをしてしまった。

予定通り、友人は、着替えてすぐに出ていってしまった。僕の相手が出来ずに すまなそうであったが、気にせず楽しんできてくれといっておいた。もともと強引に押し掛けたのだから、無理も無い事だった。

暫くしてお好み焼きが用意された。うどんを食べたばかりの僕は余り空腹ではなかったので、山のように用意されたお好み焼きのもとを かなり余らせてしまった。おばさんが「ずいぶん小食でいらっしゃるのね!」とすこし物足りなそうに笑った。

僕の体は小さくはないので沢山を食べると見越して作った量であったようだが、特に最近ものを食べていないので胃の縮まっている 僕は期待に応えられず、残念。

 

犬と山田町


僕は家の周りを散歩してみた。

・・・田舎だ。牛もすぐ裏にいる。周りは、畑。空気はさわやかで、とても静かなところだ。隣の家の小犬が、綱が絡まって動けなくなっていたので勝手に庭に入って絡まった綱をほどいてやった。そんなことをして散歩修了。友人の家に戻った。

僕は、ご両親からのいいつけ?で、一人で友人の家の犬の散歩に出かけた。

友人の家の犬は、なかなか言う事を聞かない。うちの犬は誰もしつけしていないと言っていたが、そのせいか確かに余りにも言う事を聞かないので、途中で何度も立ち止まって、叱ったり誉めたりした。

ここで、問題発生!


進んでいると、途中で何と綱がほどけてしまい、犬が遠くへ走っていってしまったのだ。ひえー!なんてことだ・・・よそ様の犬が僕の散歩中に逃げ出してしまった!捕まえなくては。落ち着け。基本的に、犬は追いかけられると逃げるだけだ。そう思い、僕は逆にぷいと反対を向き、ダッシュした。案の定、犬は遠くからくるりと方向転換し、僕を追いかけてきた。然しそのまま僕を追い抜いて行こうとしたので、「こっちに来い!」と大きな声で叱った。すると犬は僕の足元でぴたりと 座り込んだので、その隙に首輪を付けた。

家に帰ると、よくあの犬が言う事を聞きましたねと驚いていた。うちも犬を飼っていてよかった・・・。そのあと、ご両親は僕を何処かへ連れていってやろうとおっしゃった。

そして3人で車で「かかし館」を見た。大きなかかしの下には「かかしの里 山田町」と書かれていた。そのかかしの足元に、タイムカプセルが埋めてあるらしい。中にはおじさんが息子である友人にあてたメッセージもあるという。良い話だなあー。

その後、町に新しく出来たプールなどを見せてもらった。ここだけの話、東京に住む僕にとって近所にプールができたことなど珍しくも何とも無いわけだけど、こういう田舎町でおおきなプールができたということはこちらの人にはとってもうれしいことなんだろうなあ、としみじみおもいながら、家に帰った。

 

山田町の夜


ご両親は本当に僕をよくかまってくれる。本当に有り難く、勿体無い事だ。僕の家との違いは、うち親は僕の為に車で送ってくれたりという事は殆ど無い。それはそれでいいんだけど。

しかし、こちらのご両親は、進んで何処へ行くにもついていってあげたりと、本当によく世話をしている。これは、甘やかすとか過保護であると いう事とはまた別の事のようである。誰にでも親切らしい。

夜、おばさんがラーメンを買ってきてくれた。ここまで出前してくれないからと、わざわざ取りに行ってくださったとのこと・・・。しかも、ここに運ぶまでにのびない様にと硬めにゆでてもらったと言う。その気遣いが、本当に嬉しい。

おばさんは、「山田町は本当に何も無い所で」とおっしゃったが、 自然にあふれていて、とても美しい。人々も親切で暖かく、ご両親も他人である僕をこんなに可愛がってくれる。

十分来た甲斐があった。そのまま3人でこたつに入り、ほのぼのとテレビを見て夜を過ごした。


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正月西日本一周青春18切符極貧の旅: Day 2

兵庫、岡山、広島、山口


目が覚めたら5:35だった。オヤッ!1時間も寝過ごしている!!!始発はもう行ってしまったか・・・。昨日寝ていない上に、あまりに気持ち良く眠ったからかもしれない。急いでも無駄なので風呂に浸かった後ホテルを出て電車に乗った。

今日中に宮崎の南端、都城に住む友人の家に行きたい。しかし駅員さんは特急を使わないと行けないと言った。親切なお兄さんだったが、昨日東京を出て普通列車で今日中に九州の南端まで行くつもりの客は初めてらしく、驚いていた。

電車にずっと乗っていると、同じような風景がずっと続いている。特に岡山のあたりは、同じような屋根の家が多い。茶色の瓦と、ちびっこしゃちほこがお決まりの様だ。岡山駅は大きいが、少し離れるとすぐ田舎に戻る。

岩国行きの列車に乗り換える。 乗り換えのホームで出会ったおばさんは僕の状況を聞くと、「いいねえ。そんなことが出来るのは学生のうちだけだからねえ」と言っていた。人生って、大人になると不自由になるんだな。

あsて、下関行きに乗ると、酔っぱらいの おじさんが話し掛けてきた。僕は普段から、ホームレスに絡まれようと、酔っ払いに絡まれようと、ちゃんと相手をしていつの間にか仲良くなるという技を持っているが、今回のおじさんは、何を言っているのかすらよく分からないので、今回は厳しい。たまに聞こえる単語を反復して適当に返事しておいたが、何だかまるで英語で話をしている時のように意味不明だと思った。

福岡、大分


下関から小倉へ渡る時、電車で海の下を通ることになる。どんなことになるのかな~とワクワクしていたのに、外が見えるわけでもないのでただのトンネルの様で意外とあっけなかったなぁ。

さて、とにかく初の九州へたどり着いた訳だ。車内でいっしょにいたおばさんが、海峡は歩いてわたれるのでそのほうが楽しいといってたけど、今日は時刻表の都合上、電車から一度でも降りたら宮崎に着かない。おかげで今日は電車を一度も降りていないし、これからも降りないだろう。

 そんな感じで小倉から行橋で電車を変えて宇佐で特急を待つ。18切符で特急は乗れないので、その間は特急券のみならず乗車券も買わねばならず、手痛い出費だ。宇佐駅の看板の下にはローマ字で「USA」と書いてある。アメリカの事か!?

その宇佐駅で出会った近藤夫妻とほのぼのと世間話をしながら、杵築へ。短い間だったが、とても楽しかった!

大分、臼杵、延岡で乗り換え、やっと宮崎についたのは深夜の11時だ。ここでやっと今日初めて食べ物を口にした。というとかなりハードのようなきがするでしょう?でも、そうでもないんだ。人間、「食べることはできないんだ」と自分に言い聞かせつづけると、実際におなかが減らなくなるみたい。だから、食べなくても全然苦痛じゃない。それどころか、11時にやっと食事を口にしたときも、もはや食べたいから食べるというよりも、食べなきゃ体調を崩すだろうという理由で食べたくも無いのに食べた、という感じであった。

さて、これから乗り換えて都城へいかなければならない。

 

宮崎と都城の友人宅


僕は携帯電話を持っていないので、宮崎駅の公衆電話から今日泊まるはずの大学のクラスメートの携帯に電話する。すると、「今都城で飲んでいるのでそこまで来てくれ」との事だ。都城行きの最終で、0時丁度に着く。タクシーで友人のいる飲み屋に行って、やっと友人と出会うことができた。

彼は友人3人と飲んでいた。そのうちの一人の女の子が話し掛けてきたが、方言があるので言葉の意味が分からず、僕がえっと聞き返すと、クラスメートがその方言の意味を教えてくれた。女の子は、通訳してくれてありがとうと、皮肉っぽく友人に言った。

お店には気さくな女性店員が一人いて、ジュースとお菓子をおごってくれた。お金は受け取ってくれなかった。東京では有り得ない気がするなあ。

友人は、「いやあ、いい気分や。こんなに飲んだのは初めてや。」と 上機嫌だったが、そのうち「頭が痛い、吐き気がする」と便所に篭ってしまった。おいおい!

その間僕はずっと彼の友人と話していた。友人が立ち直らないまま3時になり、そんな彼を乗せて車で友人宅に着いた。布団は2つ用意してあり、 友人は頭痛を忘れようと即座に布団にくるまって眠ってしまった。

僕も素直に眠りに着いた。

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正月西日本一周青春18切符極貧の旅: Day 1

1月2日の夜、東京を出発

正月。ヒマだ。

何かすることがないかな、と思ったとき、西日本をあまり知らないので、ひとまず冬だし寒いから南にいけば何とかなるかな、と思った。うん、今日決めたけど、今行きたいから、今でるわ。何を持っていくか。ひとまず家にある食べ物を少し、下着をちょっと、あとは勉強道具だけ持った。辞書がやたら重い。

「ちょっと出かけてきます」と親にいうと、

「どこに行くの」と聞かれた。

「知らない。南のほう。学校が始まる前には帰ってくる」と答えたら、

「そう、いってらっしゃい」とまったく心配げもなく送り出してくれた。



お金はないので、ちょっとだけ貯金を下ろして、青春18切符(5日間、JR鈍行列車乗り放題という激安切符)を買うことにした。泊まるところとかはよくわからないが、死ぬことはないだろう。

山の手線で品川に向かう。車内でゲームボーイのテトリスで燃えて、大声出している2人組の男たちは、「ねぇねぇ、ソープ行きませんか?」「やだよ」「ちょっとォ!何でですかァッ?」などとやたらと大声で話している。僕はお酒を飲まないのであまり終電近い時間に電車に乗る事はないのだが、久々に乗ってみるとさすがにのりのりな人が多いものだ。新宿での深夜のバイトをしてたから、夜の新宿に立ち並ぶ怪しげな店をいっぱい見ているのだが、ああいうところに行く人間も実際はけっこういるのかなぁ、と感心した。

品川で、「ムーンライトながら」(JRの、夜行普通列車)に乗ろうとすると、全席座席指定と書いてあった。うわあ、騙したな、目白の駅員。品川に行けば予約無しで行けますと言っていたのだ。しかし小田原からは全席自由席になるという事なので、小田原に先回りして「ながら」を待つ事にした。

何とか空席につく事が出来、南へ向かう。一体僕は何処へ行くのだろう。まあ良い、旅は既に始まったのだ。

車内では余り眠れなかった。僕は大抵の所で眠れるが、それは首が安定していればだ。電車の座席や、飛行機の座席では殆ど眠れない。また、意外と音や揺れに神経質なのかも知れない。

神奈川、静岡、愛知

うとうとしていると、もうすぐ名古屋だ。早いものだ。 窓から外を見ていると、何処かの看板に「3℃」文字が見えた。はっはっは、なにか新しいジョークかいと思ったが、名古屋に朝6時ごろ到着したら容赦なく寒かった。

嘆いても仕方が無い上に名古屋を出来るだけ見ておきたかったので、駅を出た。段々明るく なってきたが、やはり寒い。暖かい飲み物の自動販売機の前で、暫くコーヒーを眺めていた。ああ、これを買って、両手で握り締めたら、 手が痺れるくらい暖まるだろうなと思ったが、そんな物質的豊かさは今回の旅行では捨てるつもりだったので買わなかった。

それにしても名古屋周辺には人が全然居ない。名古屋には人が居るのだろうか。わかった、名古屋は人間が住んでいないに違いない。・・・居るわけない。今日は1月3日で、しかも朝6時ときた。 普通の人なら家に居るだろう。いつもはもっと賑やかなのかも知れないね。いや、そうに決まってるわけなんだけど、おかげでぼくにとっての名古屋はいまだに「無人の町」という印象が強い。勝手だけど。

それはともかく、名古屋は新宿並みの大都市だ。大きなビルが立ち並んでいた。 僕はひとまず名古屋城を 目指してうんうん歩いた。途中で見た名古屋市役所は、古風で味があった。名古屋城に着いたが、9時まで開かないというので、今これを書いている。

だが、野良猫が僕と僕のノートの上を歩き回っているので大変書きづらい。やはりとても寒いのだろう。僕の膝で満足そうに寝ている。 猫に干し肉を与えてみる。僕でさえも何も食べていないのに、ちくしょう、幸せ者め。猫はすぐにそれを食べ終え、僕のリュックをあさる。恩知らずっ!!

長い事待ち続けて、やっと城に入る事が出来た。 名古屋城は殆ど焼失したそうだが、今では再建されている。中にはエレベータまであって、外見からは思いもよらぬ現代風の作りなので、がっかりした人も多いのではないだろうか。でもかっこいいからいいや。いちおうきておいてよかったさ。

名古屋城を出たものの何もする事が無く、友達に電話した。

「名古屋ってなにがあるの?」

「何も無い」

「ありがとう、参考になったよ。」

・・・ひとまず名古屋を離れた。

岐阜、滋賀

琵琶湖でも見ようと思い、岐阜、大垣を過ぎて米原に行く途中、「関ヶ原」という駅名に惹かれて電車を降りた。降りる予定はまったく無かったが、もうひとりのぼくが「だってあんた、関ヶ原だよ?」と言うので、しかたなかったんだもん。

しかし、雪が大層降っていた為、結局外に出る事は出来なかった。今まで天気が良かったのに、急に降り出したんだ。これは天気が変わったというより、気候が変わったという感じかな。

関ヶ原駅は小さくて、当然自動改札など無かった。そして寒かった(あたりまえだよ、雪なんだから!)。時刻表を見間違えた所為もあり、この気紛れで降りた駅で長い事過ごす羽目になった。ちっ。

何とか米原を過ぎ、大津についたのは夕方だった。大津で暗くなり始めた琵琶湖を暫く眺めた。さて、今夜は何処に泊まろう。 名古屋の友人の家に泊まるつもりだったが、今から戻るのも面倒だ。面倒というより、きた道を引き返すのがむかつくんだ!さあ、進むぞ。というわけで無計画に西に向かった。

京都、大阪

京都で、寺は全て閉まっていると言われ、 大阪に行って飯を食う事にした。そう言えば昨日の晩から何も食べていない。勿論1円も使っていない。大阪についたのはよる9時頃であった。でも、どこに行こう?大阪で食べるなら道頓堀だというのが常識なようなので、道頓堀は何処ですかと聞くと、環状線で正反対の所にあるJRなんばで降りろと言われた。JRなんばで降りるが、道頓堀が何処だか分からず適当に歩いた。なかなか見つからずに寒い中歩いていると、どうでも良くなってきしまった。関西の方が 寒いのだろうかと思っていると、「今日むちゃくちゃ寒くない?」と言っている女の子がいたので、どうやら寒いのはいつもの事ではないらしい。

一晩過ごせる24時間営業の店は無いかなと探していると、 たまたまかに道楽の看板が目に入った。かに道楽は満席だったのでくいだおれで食べた。牛肉を卵でとじた「他人丼」を食べてみる・・・別に旨くはないような・・・有名なだけで、おいしいって事でもないのかも?

姫路とカプセルホテル

何処で一晩過ごすかな。大阪駅のあたりに安い宿が見当たらないので、無計画に南に向かう電車に乗り込んだら、姫路で止まってしまった。終電だったらしい・・・。

暗い。人がいない。寒いよぉ。

姫路で降りて、駅員に「この辺に泊まるところは在りますか」と尋ねると、大和銀行の角に在るという。 言ってみると、カプセルホテルがサウナ付きで3300円!貧乏な僕には痛い出費だが、 この寒さの中野宿して、ここで風邪をひいたらかなりばかなので、本日は姫路泊決定です。

カプセルホテルに泊まるのは生まれて初めてで、不安だったが、これがまた以外と素晴らしい。 大きな風呂とサウナがあって、気持ち良い。石鹸、歯ブラシ、櫛、ドライヤー、何でも必要なものは在る。野宿を考えていた僕には十分すぎるほどだった。 カプセル内にもテレビやラジオ、目覚まし時計などが揃っている。狭いが、なぜかそれがまた安心していい・・・。

目覚ましを4:30にセットし、 ゆっくり眠りについた。うはうはだぜ。

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ピッキー元気ない。

今日は愛犬のピッキーと遊んであげようとしたのだが、ピッキーはすっかり元気がなくなっていて、日に日に弱っている。

僕が16歳で、ピッキーも16歳。生まれてからずっと一緒の親友。

遊ぶかなと思って話しかけてみたけど、犬小屋の中で震えるばかりだった。

少し小屋から顔を出したけど、僕の手をペロッとなめて、また犬小屋に戻ってしまった。

「キーン」と小さな声でないた。

すっかり体も細くなって、目の輝きもなくなって、昔みたいに元気に僕の顔を見上げてくれなくなった。

耳も遠い、鼻もきかない、目も曇ってあまり見えていないみたい。

ドラゴンクエストV

今日はドラゴンクエストVの発売日。人気なので予約券がないと買えないんだけど、二つ手に入れる事ができたので、めでたく買うことができた。

帰ろうとしたら、小さな兄弟二人が泣いてて、おばあちゃんが「予約券がないから買えないんだって」と残念そうに諭していた。

僕があまった件を子供に差し出して、「これで買えるから大丈夫だよ」って言ってあげたら、とても喜んでた。

おばあちゃんも大喜びして、僕に1000円差し出して、「これでお茶でも飲みなさい。あなたはいい事をしたから、きっといい事があるわよ」って言ってくれた。

1000円もらった時点で十分ハッピーです。

ヨーロッパに行ってきました

8/12からスイスに行ってきました。

小学校の友人の家族といっしょに。海外はハワイにしか行ったことがなかったので、非常によい経験でありました。スイスにいって、インターラーケンから、グリンデルヴァルト、ユングフラウヨッホ、ムルトンへ。しかしスイスはハエがいっぱい食べ物に集まってきて驚きました。でも町並みがとても素敵でした。そこからドイツに入り、ミュンヘン、ノイシュヴァンシュタイン城へ。オーストリアにもよって、帰国。

空港に兄と母が迎えに来てくれて、家族っていいなと思いました。

ラッキー

今日は、おうちの庭に穴を掘りました。

そうしたら、大金が出てきました。

だから、警察にとどけました。

20%の、5億円をもらいました。

とてもうれしかったです。

という嘘。

怪我

僕は身長が180で体重が55kgの細身で、ジャンプ力があるんだけど、細身+高いジャンプは着地で足首を痛めやすい。

病院に行ったら、腱の傷がひどくて、これ以上痛めると手術だそうで。両足とも包帯グルグルになった。柔道の時間になると足が包帯だらけなのが表に出るんだけど、同級生の男子たちが心配どころか「満身創痍で超カッコいい」とすごく羨ましがっていたのが印象的でありました。

ちなみに柔道の授業って、チームが背の順で分けられているんだけど、先生が僕だけ「お前は軽すぎて不利だから、体重をチームにあわせる」といって気を使ってくれた。僕は身長だと一番大きいチーム、体重だと一番小さいチームになる。で、僕だけ一番背が低いチームに入れられてた。そこで僕は、柔道って同じ体重だったら背が低いほうが絶対強い(下から投げるので)、という事を学びました。