グローバルな英語

僕の英語力は微妙なのだが、なぜかアメリカ企業の海外戦略をよくやっているので、多くの国の多くの会社を相手にM&A(買う側・売る側)、Joint Ventureなどのパートナーシップ、投資などに関わる事が多い。

そういう時は投資先であるベンチャーのアメリカ人のCorporate Development (買収部門) のヘッドと一緒に海外に出向いて英語でディールをまとめるわけだが、基本的に海外買収するぐらいのアメリカのベンチャーのCorp Devのヘッドは、上場企業等で海外M&Aを多く経験してきたシニア・エグゼクティブであり、彼らから学ぶ事はとても多い。そんな経験から「グローバルな英語」について考えてみたいと思う。

本当の意味でグローバルに活躍するエグゼクティブがどういう英語を話すかを僕の経験からまとめると、

  1. 「いつでもゆっくり話す」
  2. 「わかりやすく、難しい表現を避けて話す」
  3. 「イギリス・アメリカ英語的表現を避ける」
  4. 「相手が理解できなかった時は質問されずとも察知して言い直す」

である。

つまりどういうことかというと、「自分に相手を合わせさせないで、自分が相手に合わせる」英語が最も重要だということである。言語だけではなく、ミーティング以前に「何を着て何を持っていけばいいのか」も非常に気にする。自分の常識が相手の非常識・失礼になる可能性をよく認識している。ミーティング開始時、「申し訳ないですが、私は英語しかできません。私の英語が早すぎたり、わからないことがあったら止めて質問してください。気をつけてますが、忘れてしまうことがあるので。」と言う人もいる。

本当にグローバルかつ大事な仕事をしている人は、グローバルに通じるものなんて、英語そのものを含めてほとんど存在しない事を良く知っているので、「完璧な英語が話せるから海外で仕事できる」なんて幻想は持っていない。ネイティブは腐るほどいるが国際的な取引をまとめられる人はほとんどいない(もちろん、高度な知識が必要という側面もあるが)。それは、「完璧に話せる」ことと「完璧に伝わっている」ことの間には、グランドキャニオンより深く広い谷があり、後者のほうがはるかに重要かつ難しいからだ。「私はちゃんと完璧な英語で伝えたが、なぜか理解されず取引が失敗した」などという言い訳は許されない。

本当にグローバルな場での真剣勝負のビジネスにおいて重要なのは、

  • ビジネスレベル以上の英語(重要度: 20%)
  • 言った事がちゃんと相手に伝わっている事を確認できること=コミュニケーション力 (重要度: 80%)

というのが実感である。

ちなみにビジネスレベルの英語がネイティブレベルまで上がったとしても、ビジネス上はほとんど影響ないと言っていいだろう。あなたの英語力がネイティブ以下だから重要な取引ができませんでしたなどということはほぼありえない。ビジネスレベルの英語力があったのに失敗したのであれば、それはコミュニケーションに失敗したか、そもそも真剣勝負のビジネスの取引ではなかった、ということだ。

ちなみに、「真剣勝負」つながりでいうと、サムライが真剣勝負で勝つ上で重要なのは、

  • まともな剣を持っている(重要度: 20%)
  • 剣の達人である(重要度: 80%)

という感じである気がする。

素人が超一流の名刀を持っていれば、しょぼい剣をもった達人に勝てると思っているなら真剣勝負をなめていると思わないだろうか?英語でのビジネス勝負もそれと完全に一緒である。完璧な英語力があれば国際的な舞台で活躍できると思っているならビジネスをなめている

コミュニケーション力とは、相手に自分の気持ちが伝わっていることを目的とする「相手の理解中心」のスキルである。一方、完璧な英語を話せるというのは自分の思考を正しいフォーマットでアウトプットできて格好いいという「自分の発言中心」のスキルである。「相手がどのようにインプットしているか」と「自分の思考をどうアウトプットするか」の間には大きな壁があると思わないだろうか。相手中心・自分中心の観点は、モチベーションのレベルでいうとむしろ対極に位置していると感じないだろうか。

海外の会議やメディアにおいて、英語を話す日本人のビデオを時々見かけるが、残された英語のコメントが発言内容に対するものなのに対し、日本語のコメントは発音が悪いとか文法がヘンだとか恥ずかしいとか突っ込みをいれるものが多いのを見た事があるかもしれない。なんでそんなに「自分が完璧」であることばかり気にするのだろう。相手に何かを伝え、コミュニケーションをとろうとする人をバカにするのだろう。例えば、楽天の三木谷社長が「discuss」のあとに「about」をつけたがそれは文法違反だとか、発音がひどいとか騒ぐ人は、ビジネスの場で真剣勝負をしたことがあるのだろうか。カッコ良く完璧な英語が話せるという「自分中心」のスキルがあればビジネスを成功させられるとでも思っているのだろうか。

むしろ、そういう「自分中心」のスキルばかりにとらわれることで、多くの日本人は対極にある「相手中心」のスキルをおろそかにしているのではないだろうか。そうやって、「今のは完璧な表現じゃない」と自分中心の世界ばかりにこだわる人に、相手中心の世界でコミュニケーションができるのか、ひいては大事な仕事を任られるかはというと、それはとっても不安である。

もちろん、英語の発音やで文法が完璧で、ネイティブレベルであるに越した事がないのは当たり前だ。しかし、そこに引きずられすぎると、言葉は所詮ツールでしかないという事実を見失ってしまう。発音が完璧か、文法が完璧か、英語的に自然な表現か、といった外から見える形にばかり目が行く気持ちもわからなくもないが、真剣勝負のコミュニケーションにおいては外から見える部分よりもっと大事な事がたくさんあることを軽視してはいけない。

コミュニケーション力とは、言語に関わらず、フェアさ、謙虚さ、真摯さを核とするスキルの集合体であり、あたりまえで、普遍的で、難しいものである。その力を伸ばしたいなら、英語力はともかくかつ相手を尊重しながら自分の考えを相手に伝える経験を積むべきではないか。相手の英語力が自分より下なら相手に合わせて理解させ、上ならわからない事があったらちゃんと「あなたの話は伝わってない」と理解させる練習をしたほうがいいのではないか。

「お前の英語はイケてない」という外野の声を気にしてコミュニケーションを控えている間にも、現実の世界では、誰かが外野のツッコミをものともせず中途半端な恥ずかしい英語で世界をガンガン動かしている

僕も英語はまだまだなのでがんばらなきゃいけないけど、一方で小手先の表現などにとらわれずに、相手に合わせるコミュニケーション力なくしてグローバルな英語もへったくれもないという当たり前のことを忘れないようにして、精進していきたいと思います。

追記:
僕が言ってるのは最近でいうと例えばソフトバンクの孫さんのプレゼンです。発音的にも文法的にもおかしいところだらけで、ネイティブからははるかに遠いですが、内容はすごいなあと思います。英語力がバカにされてM&Aが失敗するとは到底思いませんし、逆にほとんどのネイティブスピーカーに同じレベルのプレゼンはできないでしょう。
11 replies
  1. さとる
    さとる says:

    こんにちは、いつも楽しみにしています。この春イギリスに初の海外留学に行った大学生です。

    洋吉さんが多くの海外戦略に携わっているのは、相手の事を思いやる気持ちがあるからだと思います。

    海外で実際に話して実感したことは、人と話す意志、向上心、そして思いやりでした。

    英語が出来ない仲間も思いやりがあるので、ちゃんとコミュニケーションできてましたよ。

    凄い人ほど相手の事を考えて行動して、その上で自分の要求を通しますよね。言語はその一環として磨いているように感じます。
    自分もそうなれるよう努力します。

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  2. louispasteur
    louispasteur says:

    文法への正しさは、細部に対する観察力と気遣いのバロメータなので、それが雑な人とはビジネスしたくない、という意見があってもいいように思います。もちろん、そういうことを気にしない人がたくさんいることも理解できます。

    上で話題になっている三木谷さんだって、相手がdiscuss ** というのをこれまで何度も耳にしたことがあるはずで、そこに気づかずにあえて自分流にこだわるのはいったいどうしてなのか、人格評価の材料のひとつ(あくまでひとつ)になりうるでしょう。

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  3. kensaku
    kensaku says:

    英語の添削したがる人って多いですよね。
    他の非英語圏の国の人はどんな感じなんでしょうか?

    Reply
  4. shamata
    shamata says:

    イタリアの子会社に出向した時に、正に同じことを思いました。
    最初、”We are “がどうしても “ウエアラー”と聴こえていましたが、英語でのディスカッションの本質ではなかったし、文脈からも分かるようになりました。
    コミュニケーションのツールに過ぎない英語ですが、一方で、英語力を高めることも相手とのコミュニケーション力を高める一つの要件ではあると思える経験もしましたね。
    文法の正しさがビジネスに与える影響については、あらゆる種類の海外ビジネス経験がある訳では無いので何とも言えませんが、無いとは言い切れないかも知れませんね。
    それでも、まずは文法を気にせず今の自分の語学力で相手とのコミュニケーションを取ろうとすることがビジネスでは必要ということですよね。

    ダイヤモンド社から発行されている、「P&Gで学んだ世界一やさしいビジネス英語」高田 誠 著 なんかでは、ここら辺が経験に基づいて書かれていて面白かったです。

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  5. IT
    IT says:

    ノンネイティブとのコミュニケーション経験から言えば、discuss about~の方が相手に伝わりやすいですね。
    正しい英語より伝わる英語を優先するのであれば、敢えてそういう表現を使うことも重要だと思います。
    ネイティブ相手だと学が無いように思われる恐れがあるので、正しい英語を使うように心掛けますが。

    Reply
  6. ST
    ST says:

    はじめまして。書かれていることは「なるほど」と素直にわかるのですが、不特定多数に見ることが期待されるブログのメッセージとしてはどうなんだろうと思いました。

    個人レベルの相談だったら「他人からの間違い指摘など気にするな」「英語ばかりやるのではなく中身や相手中心の態度を磨け」と言うかもしれません。
    しかしマス向けのメッセージだと、自分の都合のいいところだけ切り貼りして「英語そのものの知識はまったくどうでもいい」と取る人のほうが多いのでは。。

    やはり「日本人の英語、実はこんなに誤解されている!」というたぐいの記事のほうが、(親密圏ではぜったいやりませんが)マス向けの記事では妥当という気がしました。

    Reply
  7. hirame
    hirame says:

    はじめまして。とても面白い話題でした。何しろ、この27年間、英語と格闘してきましたから。アメリカ人と結婚して27年の大半を文化も言葉も洗練とは程遠いテキサスで過ごしました(現在も)。

    カリフォルニア出身の夫に未だに英語の解説をされてめげるのですが、私は彼の行動を程よくコントロールできるので、真剣勝負に勝つことができる、と言っても良いかもしれません。勝負の際に必要なのは:

    - プライオリティーの設定。最も大切なモノは何か。相手に何をさせ、何をさせたくないのか。
    - 議論の最中に肝心なものを見つける。相手が逆上すると、大抵そこには何かの真実が見えます。しょげると、心の中が見えます。
    - 相手が、言葉尻を取る、文化の違いを強調する時は、たいてい都合が悪いことが多いのです。言葉や文化のせいにしたり、議論を一般化しないで、「自分の考え」を話せと、言い換えさせます。
    - 仲直りの方法を考える。妥協点を見出す
    - 必ず一緒に飲み食いする
    - 楽しい話題を提供する

    古賀さんの立場であれば、ビジネス上の相手は、ほとんど間違いなく耳を大きくして聞いてくれるでしょう。何しろものすごくでかい財布を握っていることを相手は承知しているでしょうから。そして、相手とする人も、同じような高学歴の同じようにデキル方々、経済オリンピックに参加している方々だと思います。例え言葉によってはコミュニケートできなくても、ルールに則って戦うことができるのと同じだと思います。

    それでも、プレイの前後に心に残る「言葉による」交歓ができれば素晴らしいと思います。テキサスの田舎に行くと、パロアルトでは聞くことのできない英語を聞けますよ(笑)。

    Reply
  8. maharao
    maharao says:

    たどたどしい英語でも友人知人だと耳を傾けてくれます。ことばに詰まっても向こうからこうじゃないとかフォローもしてくれるから気が楽。英語も相手があってのことだから、コツコツ勉強も良いけれど、できるだけ多く知り合いをつくって隔意なく話せるというのが第一でないかな。映画やテレビが分からなくても友達との会話は成り立つから不思議。

    Reply
  9. 持田修示
    持田修示 says:

    フランス人もイタリア人もスウェーデン人もみんな “discuss about..” というので、最近自分が “discuss …” が言っていると間違っているような気分になっていたところでした。

    それはともかく、上記の4点、とても納得できます。後もう一つ付け加えるとすれば、時間軸をつけて、

    ・みんながわかるところから話していく

    というところでしょうか。2 や 4 のポイントとも重なるのですが、マネージメント層でも上位になればなるほど、みんながわかる事から説明して、必要とあれば言葉の定義まで立ち返って確認しあいながら、話の本筋や細かいところに持っていっているように感じます。お互い異なるバックグラウンドや思想、価値観を持った集団を相手にしていると、どうしても通らなければならないプロセスなのではないかと思います。

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  10. ayano
    ayano says:

    はじめまして。
    とても府に落ちました。自分は子供の頃英語圏に暮らしていた帰国子女です。高校を卒業するまで10年近く海外にいたので、英語の使い方はネイティブと同等です。現在は国内のメーカーで海外営業の仕事をしていますが、取引先の多くはアジア圏(特に中国)にいるので、コミュニケーション言語は英語ですが、訛りや言い回しも独特だったりします。そして自分は彼らと会話をする時にはそれを真似て話しています。周りに不思議がられていましたし、自分もなぜそうするのか、改めて考えたことはなかったのですが、自分にとってはそうすることがとても自然に思えました。そして今Yokichiさんの記事を読んでとても納得できました。自分なりに相手に理解してもらえるように工夫をしていたのですね。マルチカルチュラルな環境にいると自分の事を理解してもらうためにとても苦労するので、それがいつの間にか癖みたいになっていたのかもしれません。とにかくすっきりしました。ありがとうございます!

    Reply
  11. ayano
    ayano says:

    はじめまして。
    とても府に落ちました。自分は子供の頃英語圏に暮らしていた帰国子女です。高校を卒業するまで10年近く海外にいたので、英語の使い方はネイティブと同等です。現在は国内のメーカーで海外営業の仕事をしていますが、取引先の多くはアジア圏(特に中国)にいるので、コミュニケーション言語は英語ですが、訛りや言い回しも独特だったりします。そして自分は彼らと会話をする時にはそれを真似て話しています。周りに不思議がられていましたし、自分もなぜそうするのか、改めて考えたことはなかったのですが、自分にとってはそうすることがとても自然に思えました。そして今Yokichiさんの記事を読んでとても納得できました。自分なりに相手に理解してもらえるように工夫をしていたのですね。マルチカルチュラルな環境にいると自分の事を理解してもらうためにとても苦労するので、それがいつの間にか癖みたいになっていたのかもしれません。とにかくすっきりしました。ありがとうございます!

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