「最近の若者論」はいつの時代も無視すべき

最近、若者が内向きという記事を良く見るが、今も昔も、「最近の若者は~だ」という話を老人(正確には、非・若者?)が言うのは世の法則だと思う。こういうのはいちいち怒ったり反論していてもしょうがないと思うよ。

なぜなら、老人側のそういった主張は、ほとんどの場合、議論の前提となる認識がずれているからだ。

若者の行動が変わったのはその通りかもしれない。しかしそれは、ほとんどの場合において、老人自身の行動の結果、「環境が変わった」のであり、若者は「環境の変化に対応した」に過ぎない。

しかし、多くの老人は自分の行動で環境が変化したことにすら気づかないので、「若者の性質が変わった」というふうにしか見えない。

そもそも、ある世代の性質が、理由もなしに、突然まるごと内向きに変化するはずがない。内向きな行動を取るのが合理的だからそうしているだけだ。行動が変わった=だから性質として若者が内向きだとは言えないのだ。

他の例も含めて、そのパターンを見てみたい。

内向き批判


  1. 老人の常識: 車だ!テレビだ!家電だ!海外にどんどん売れるぞ!海外はカネになる。
  2. 環境の変化: 老人がガラパゴス・内向きな製品ばかり作り始め、海外から見向きもされなくなったので海外で学ぶメリットが減った。さらに、不景気で留学などへの時間・お金の投資のリスクが高くなった。
  3. 老人の反応: 「最近の若者って内向きだな。オレが若いときは違った」
  4. 若者の感想: 「人にとやかく言う前に、お前今すぐその正社員の地位を捨てて、会社やめて海外出てから言え。せめてガラパゴスとか言われている自分の内向きさに気づけ。」
ゆとり批判

  1. 老人の常識: 欧米にはゆとりがある!日本もゆとり教育をしないと出遅れるかも!
  2. 環境の変化: 老人はゆとり教育を実行しつつ、のんびりしていられない経済状況を作った。
  3. 老人の反応: 「出たよ、ゆとり世代。あいつらやる気ないんだよ。」
  4. 若者の感想: 「ゆとりなのはお前の頭だ。ゆとり教育しろなんてそもそも頼んでない。文句あるなら決めた自分が責任取れ。」
元気がない批判


  1. 老人の常識: いやーお金があって幸せ。
  2. 環境の変化:好景気が終了。でもお金は使い続けたいので赤字国債発行しまくって浪費し、若者にぜーんぶ払ってもらうことにしたので、搾取されるだけの若者は希望を失った。
  3. 老人の反応:「最近の若者は元気ないね。ニートとかいるし、情けない。オレが若いときは違った。もっと希望があった。」
  4. 若者の感想:「いいから、金返せよ。」

これらからわかるのは、こうした批判や煽りを繰り返している老人は、時代と共に常識が変化したことにも、その変化を起こしているのが自分なのにも、そもそも気づいていない。

・・・でも、そういうものなのだとおもうよ。このメカニズムを理解していない相手に目くじら立てても、永遠に議論がかみ合うことはない。多くの人は、過去の自分と現在の若者の違いを否定することで、自分の世代には意味があったと思いたいのだ。それで、いいのではないでしょーか。

同様に、「今の社会は悲惨だ悲惨だ」という煽りも、本気で相手をしようと思うと、とても面倒くさいが、スルーすべきだと思う。



就職氷河期の煽り


  1. 老人の常識: 就職は簡単。就職したらあとは遊んでれば定年まで安泰だ。
  2. 環境の変化: バブルが終わった。
  3. 老人の反応: 「就職氷河期だ!」「超就職氷河期だ!」
  4. 若者の感想: 「頭の中がまだバブッてるから氷河期に見えるんでは。」
失われた20年の煽り


  1. 老人の常識: 日本は優れているので、景気が良くて当然だ!
  2. 環境の変化: 日本の高度成長期を踏襲した政治や経済の仕組みが時代遅れになった。
  3. 老人の反応: 「失われた20年だ!」
  4. 若者の感想: 「失われたのは能力では。放っておけばいい時代が戻って来ると言わんばかりの楽観的な表現は慎みましょう。



過去というものが頭にこびりついている人に、現実を直視させるのは、これも無理なんだと思う。就職氷河期しか知らない僕からすると、過去と比較して今がどう見えるかなど知ったことではないわけで、いちいち煽りに反応する意味はないと思う。彼らは、俺の時代はよかった、よって今の時代は悲惨だと、単に言いたいのだ。それで、いいのではないでしょーか。

まあそんなわけで。

いつの時代も、老人というものは、変化に気づかず、過去と比較して、若者が軟弱だの悲惨だの言って煽りたいものなのだ。でも、彼らと同じ過去の土俵で戦っても何も生み出せない。老人のいう事はそういうものだと割り切って、いちいち感情的に反応しないほうがいい。

逆に、過去の常識との比較ばかりしているから、新しい時代が来たことを受け入れることができず、過去にとらわれて変化できなくなるのだ。むしろ変にそういう遺産が無いことが、若者の強みなのだ。

だから、こういう批判にとらわれちゃいけない。前を向いて、できることを淡々とやっていくのが大事だと思う。

3 replies
  1. unubole5
    unubole5 says:

    なんかわかりやすい!!
    結局は競争原理が当たり前のように組み込まれている今の世の中ですが、競い合う本質は日本で言う「切磋琢磨」なのに、「○○が悪い」という批判の応酬ばかりで、本人にすら非生産的な活動が続いてますね…
    変化についてですが、時代とともに進化すべきなのでしょうね…
    時代が変われば人も変わる…当たり前のことかもしれないですけど、実際にそれを自分の肺腑に沁み込ませるのは大変な作業ですよね…
    オールを漕がずに外海に出ようというのが理に反しているように、自ら成長を促進するアクティブさがなければ衰退するのも至極当然なんですけどね。
    今でも「昔の~は」とか、「○○は△△であるべきだ(根拠は昔からそうだったという条例を踏襲することしかできない、若者から言わせれば応手のレパートリーの乏しさの発表会)」が基本ですね…
    そんな老いぼれスピリッツを受け継いでしまった若者に対する激励かつ、少し刺激的な記事でした!!
    最後に就職に関することをいわせていただくと、氷河期とか云々ではなく、本来の求められるべき能力を問われる時代になったという印象でしかないですね…
    外国人が採用されるのはコスト/パフォーマンスでしょうね。
    そのパフォーマンスの高さを発揮するために準備が必要なのも当たり前すぎる話ですが(しかも長い時間をかけるものだし)、それをしないで就職難なのは不景気のせいだとか、そんな言っても何の利益も出ないことをしても意味がない。
    少しキツい言い方ですが(自戒の意も込めて)、ほざくだけで何もしてくれない、そこに存在してもしなくても利益のでないやつの言動をいちいち受け入れることの非生産性を感じ取りました(少し解釈が行き過ぎたかもしれないですが)
    各々に自分より人生経験がない若者の愚痴を言いふらすことが客観的に見て「カッコいい」かどうか判断してもらいたいものだ…

    Reply
  2. Haj
    Haj says:

    好景気で地位を築いた親のもとで大学に何となく通う若者。このエントリーで挙げられた一般論に対して当事者意識の無い若者。全部、バカモノ。若者として若者の中で色んなヤツと会話する。会話の中でさえ当事者意識のない面白くない若者も多数いる、そういうヤツは悩みが無く一見人生を楽しんでる。だから嫌い。しかし、一般論には興味が無いが、老人や年輩の方の意見は素直に取り込むべきで、そうありたい。
    ヨー吉さんより若者な意見でした。
    毎度、イイネタを仕込んでますね。

    Reply
  3. yokichi
    yokichi says:

    お返事おくれてごめんなさい。

    > unubole5 さん

    熱いコメントありがとうございます!みなさんに、unubole5さんのように生産的に考えて貰いたいものですね。

    > Hajさん、

    ハンカクでコメントした人を初めてみたので新鮮です。笑

    Reply

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